何かしてあげたいがどうしたらいいか…
麻衣は、二千両を盗んだ盗賊は、虎谷屋自身ではないかと思えた。何故なら男が盗んだのは千両、麻衣が盗んだのは二百両ばかり。結局盗られたのは、男はすぐに千両を虎谷屋に返したので、実質二百両ばかりと言うことになる。それなのに、二千両も盗られた、と大宣伝する虎谷屋に、不審を抱かずにはいられない。
麻衣がそう思っていると、女が「私の名前は、由と言います」と言った。
主人が佐久間新次郎です、と言う。
「やっぱり、武士だな?」
麻衣はにんまり笑って、上がり框に腰を降ろした。この由について知りたいことがある。お由は言った。
「今から洗濯をしてきますので……」
いそいそと洗濯物を持って外の井戸端に行く。麻衣も後から着いて行く。少し遅いので井戸端には誰もいない。井戸水を汲んでたらいの中で洗濯をする。その時、別の戸が開いて、おかみさんが出てきた。
「ま、今頃洗濯なんて!」と近づいてきて言う。
「…………」
「あ、耳が聞こえなかったんだね」
おかみさんは、お由の肩を叩いて、同じことを言う。やっぱりお由はわからない。口をかすかに開けて、相手のおかみさんを見ているだけだった。
「あ、ごめんね……」
おかみさんは、お由の手を取ると、指で書き出した。やっとお由に通じたのか、お由は「はい」と返事をした。本当は洗濯時間が遅いことも意味があるのだが、それを伝えるにはあまりに時間がかかる。
見ていた麻衣には、お由の辛さが、身に染みてくるのだった。近所のおかみさんたちも悪い人ではない。お由に何か、良くしたいと言う感じがする。だが、どのようにしたらよいかわからないのだ。麻衣は見ていて思った。何か言葉が通じればよいのに、と。