よき理解者の存在
その次にお由が寄ったところは、いつもお世話になっている、隠居のところだった。色々と着物の仕立てを頼んでくる。仕立てだけでなく、修繕も頼むのだった。
「お世話になります。これをお持ちしました。今日は何かありませんか?」
縫ったものを隠居に渡し、じっと待っている。隠居はお由が縫ったものを、調べていた。ふんふんと頭を動かしている。
「やっぱりきちんと縫っているわね」と小声で言い、頭を上げ、「いいわね」と言い、「ああ、丁度良いところに来た。この反物をお前さんに頼みたいのだけどね」出したのは、結城紬の一重の反物だった。かなり上物だ。
「ま、これを……?」
「そうだよ。お前さんに頼もうと思って、待っていたんだよ」
お由は、相手が言っていることは、聞こえないらしく、反物に見入っている。
「お・前・さんに、頼もう・と、思って……」
隠居はゆっくりと区切りながら言った。
「わたしのようなもので、かまいませんか?」
「も・ち・ろ・んだよ」
隠居はにこにこしている。
「こ・れ・はね、わたしの・じゃ・な・い・の・だよ」
「誰のですか?」
「姪のだ……」
「姪御さんのですか?」
「そうだよ」
「わかりました。一生懸命仕立てます」
お由は、ひっしとその反物を胸に抱えた。隠居は笑っている。麻衣も自分のことのように、嬉しく半笑いだ。
家を後にすると、麻衣は言った。
「あそこの、隠・居・さんは、優・し・い・方ね」
お由は、じっと麻衣の口の動きを見ていたが、「本当に、良い方です」と言う。
隠居の方から、お由に分るように口を動かしてくれる。自分一人でべらべらしゃべらないのだ。きっと金銭的にも、生活にもゆとりがあるからそうできるのだ。人の気持ちに、自分が合わせることができるからそうなるのだろう。だが、これは、やっぱり気持ちかな?と麻衣は思った。
お由の家に戻ると、麻衣は帰ることにした。
「今日は本当に、良い勉強になりました。耳の聞こえない人のために、どうしたらよいか、少しわかりました」と言い、麻衣は家に帰って行ったのだ。