神様の俳句講義 その六 一分と

いつもより四十分も早く目覚めた。例によって布団の中で、句会用の句を思案していると、枕辺に、顔が三角おむすびのようなえらの張った初老の男が座っていた。医者が患者に話しかけるような穏やかな口調で話しかけられた。

「今どのような光景を頭に描いていますか」

「句会の前に時間があったので、井の頭公園を散策した際のことです。様々な木や花や鳥など、冬でも公園には句材がいっぱいありました。そのような時は、いろんなことに目移りせずに、一つの事物に目を据えて眺め入り、俳句をものにせよと言われます。

私は、(にお)(かいつぶりともいう)を詠もうと思いました。鳰はいったん餌を求めて水に入るとなかなか浮いてきません。鳰は十数羽いました。そこここで、頭を水に突っ込み尻を上向きにして潜もぐる鳰や、ぷうっと息を吐きだすようにして、(くちばし)から浮いて来る鳰がいました。本当に思わぬ所から浮いてきます。浮上したのが、私が潜るところを見たのと同一の鳰かどうかもわかりません。

やがて、句会の時間が迫ってきたので、鳰を見るのを中止しました。三十分ほど粘りましたが、成果がありませんでした。どうしても句にまとまらなかったのです。長く観察したので、写生の句をものにしたかったのですが」