第一章 箱根の宿 初日午後

「なあ松岡、俳句って面白いのか。テレビで著名人などの俳句を添削している番組を見ていると、面白そうだけど。実際に俳句をやっている君はどう思っている?」

三杯目のビールを飲み終え、グラスを机の上に置いて、中澤が私に尋ねた。私は、大学のゼミで同窓だった立村、市島、中澤と箱根の旅館の一室にいる。

紅葉の箱根旧街道を歩き、源泉かけ流しの湯に入り、泊りがけでゆっくり思い出話でもしようやと、六か月前に立村が提案した。

それを受け、今日四人で箱根に来たのだ。新宿を出発した時はうす曇りだったが、箱根湯本をぶらつき蕎麦を食べて外に出ると強い雨だった。

箱根旧街道を雨の中歩くと、石畳が滑りやすいという話を、土産物屋の店員から聞いた。

転んで怪我でもしたら洒落にもならないと、箱根湯本からバスで一時間ほどの宿へ真っすぐやって来た。そして窓の外の紅葉を散らす時雨の音を耳に、ビールを飲みながら雑談している。

高齢者ならではの、持病の話、健康法、孫の話、世相批判は、電車の中で十分したので、話題は趣味の話になった。

「俳句をやっているといっても、六十九歳で会社を辞めてから始めたのだから、まだ経験二年弱の初心者だよ。俳句が面白いかどうかは、良い句ができて人に評価されれば嬉しいし、その時には俳句は本当に面白いと思うよ」

私がそう答えると、中澤から衝撃発言が飛び出した。

「松岡、実は俺たち、俳句を始めてみようと思うんだ。君はどう思う?」

「な、な、なんでまた、君たちが」

「松岡が高齢者定期健康診断前日で来られなかった日、俺たちは高田馬場で飲んだ。その時話したんだ。市島は都市銀行を退職後、月に五、六回のゴルフ場通いを始めたが、さすがにゴルフ三昧にも飽きてきたし、一緒に行く友達も体の不調などで減ってきたので、ゴルフに代わる趣味を考えている。

典型的温泉好き山男の立村も、出版社の定年を機に、大学一年の体育の単位取得でやったバドミントンの、社会人サークルに入ったのはよいが、周りは経験豊富な猛者(もさ)ぞろいで、無理した立村は足の筋を痛めて、体を使わない趣味を探している。

俺は、コンピューター会社を辞めて、おやじの介護をしながら埼玉の田舎で野菜作りをしているが、これといった趣味がない。それで、今日松岡に会ったら、俳句のことをじっくり聞いてみようということになったんだ」