なおも目をそらそうとしないわたしに、先輩は、ぽつりと言った。
「これは、復讐なんだよ」
「わたし、そんなこと―」
先輩は、わたしの声をさえぎるように首を振った。
「わたしは、イカロスになりそこねたミノタウロスなんだ」
イカロス? ミノタウロス? どうしてここで、そんな言葉が出てくるの?
「これはね、ミノタウロスがイカロスになろうとしたことへの報い―罰なんだよ」
「なにを言ってるんですか、先輩」
先輩は、鉛色に塗りつぶされた窓の外を見ながら、だれに言うともなくつぶやいた。
「塀から堕ちたハンプティ・ダンプティは、二度ともとにはもどらない」
え……先輩、なにを言ってるんだろう。わたしになにか告げようとしてるのだろうか。
「ちゃんと教えてください! 復讐とか罰ってどういう意味ですか! 2-Fに行った本当の理由はなんなんですか!」
「ポンちゃん、いいよ。もう行こう」
これ以上はもう耐えきれない、というようにマオがわたしの手を引いた。
「ポンタ……」
不意に、とても優しい目で先輩がわたしを見た。
「だったら、この謎を解いてごらんよ」
謎……? これ以上、どんな謎があるというのだろう。
「いい? 糸を通した針の先、はるか彼方の二歩手前。彼女の名前をさがしてごらん」
針? 糸? 名前? ひとつとして意味がわからない。わたしは、混乱して回路がショートしたロボットのように、その場に立ち尽くした。
「じゃあ、わたしはもどるよ。あんたたちも急ぎな。昼休み、あと五分しかないよ」
「ありがとうございました。ほら、ポンちゃんも頭さげて」
マオは、無理やりわたしの頭を押さえた。
「ありがとう……ございました」
丸めた背中の上に先輩の声がかかった。
「こっちこそ、ありがとう」
はっとして顔をあげる。でも、もうそこに先輩の姿はなかった。
マオが、わたしの手をとったまま歩きだす。とにかくこの場を早く離れたい、という気持ちが、マオの手のひらから伝わってきた。
「ごめん、マオ」
思わずそうつぶやくと、マオは、ちょっと怖い目をして「なんで謝るの」と言った。
「ごめん……」
「だから、謝るな、っちゅうの」
今度はあきれ顔で笑いながら、マオがわたしの手を強く握った。