百合は弾む足取りで座敷の方へ行った。綾菜が久しぶりに笑ったのを見て、とても嬉しかった。これならきっとすぐに良くなられるに違いない。
こうして、百合は習い事に出かける度に、帰って来ると離れへ行き、学問の内容や面白い話、剣術のお稽古の進捗(しんちょく)状況から同門の少年剣士たちの悪戯まで、せっせと綾菜に話すようになった。
百合と同年の門下生には郷士(ごうし)の子供などもいて、みんな早口に男同士の乱暴な言葉でしゃべるので、百合は最初なかなか仲間たちの会話についていけなかった。
でも親しくなっていろいろ話すうちにどんどん慣れて、あっという間にその少年たちの言葉でしゃべれるようになった。
百合がふんだんに男の子らしい乱暴な表現を使って面白おかしく話すので、時々綾菜は声を上げて笑った。だから百合は、出かける時は、必死になって面白い話や会話を仕入れるのだった。
※本記事は、2021年2月刊行の書籍『遥かなる花』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【登場人物】
小幡百合 小幡家の末娘。明るくて元気で知りたがり屋。物凄いお転婆。
小幡聡順 百合の父。富山藩の藩医。医学・本草学に造詣が深く、藩主も頼りにするほど。
小幡深雪 百合の母。聡順の妻。
小幡綾菜 百合の姉。体が弱いが美しく優しい。百合のよき理解者。
小幡聡太朗 百合の兄。小幡家の跡取り。
藤堂健之助 聡順の親友。剣道場徳明館の主。
藤堂健一郎 健之助の長男。綾菜の許嫁。
藤堂健吾 健之助の次男。聡太朗の親友。
藤堂静江 健之助の妻。
権爺 もと杣人足の頭。今は小幡家で薬園の世話をしている。
志乃 権爺の孫。
木村智則 小幡聡順の従兄。八尾で開業している医師。
木村智直 木村家の長男。小幡家で内弟子として研鑽に励んでいる。
佐々木高悦 小幡深雪の兄。加賀藩の御殿医。
佐々木高琳 高悦の長男。
井上陽堂 小幡家の内弟子。聡順の代脈を務める。
小池新之丞 藩の組頭小池新左衛門の長男。若い連中の集まりの首謀者。剣の使い手。
田口康成 新之丞の従弟。父は小池新左衛門の弟田口新之輔。
橘主膳 勘定方の河川改修の部署に務める。
橘膳次 橘主膳の次男。新之丞の仲間。
三宅慶三郎 藩の目付三宅慶衛門の三男。新之丞の仲間。
佐藤栄二郎 藩の奉行佐藤栄蔵の次男。新之丞の仲間。
うめ 小幡家の女中。
佐枝 小幡家の女中。
とよ 小幡家の女中。
良吉 小幡家の下男。
左平 立山堂の板橋支店の支配人。