聡順は百合の澄んだ瞳に、真剣な輝きが溢れているのを見て取った。

「では、そのように段取りをしよう。よいか百合、一旦事を始めてしまったら、当分もう元には戻れんのだぞ。心しておけよ」

「はい」

その返事を聞いて、聡順は立ち上がって部屋を出て行った。

後に残った百合は綾菜に抱きついて喜んだ。

「姉上、ありがとうございました」

「良かったわね、百合」

綾菜の目にも涙が浮かんでいる。自分とは全く性格の異なる年の離れたこの妹を、綾菜は心から可愛がっていた。むしろ母と同じような、憧憬の念のような思いがある。綾菜は、百合には思うがままの人生を送って欲しかった。秋には許嫁の健一郎との婚礼が決まっている自分の人生に、全く不満はないのだが、百合のように生気溢れる娘は、違った生き方が出来ても良いのではとの思いが心のどこかにある。

深雪はそっと部屋を立って、台所の方に行った。そこでは聡順が深雪に背を向けて桶からひしゃくで水を汲み飲んでいた。深雪はその夫の傍にそっと近づき背中に手を当てて、

「あなた、ありがとうございました」

とささやいた。

「うむ、これから暫くは、忙しくなるな」

「申し訳ございませぬ」

深雪が再びそっと呟く。

「まあそなたが案ずることはない。せいぜい、聡太朗の昔の着物など百合に合わせてやっておいてくれ」

「分かりました。でもどのようにして……」

「うむ、わしに考えがある。まあなんとかなるだろう。それよりあそこにいた連中には、全員百合のことは口止めしておかなくてはな」

聡順はくるっと深雪の方に向き直り、ニヤッと笑った。

「おおっぴらにしてしまうと、本当に百合は女子に戻れなくなってしまうからな。その辺うまくやらんといかん」