大学病院の医療経営学
本章のポイント
・大学病院を取り巻く環境の変化にいかに対応し、イノベーションを生み出せるかが生き残りのために重要です。
・大学病院は短期視点で利益を追求して一般病院と同質化するのではなく、一般病院との徹底した差別化と独自の教育システムの導入が最重要戦略です。
非営利組織がイノベーションを生めない理由は
大学病院のような非営利組織は、なぜイノベーションが生まれないのでしょうか。
第一に、非営利組織では利益という指標がないために規模をもって評価の指標とします。ドラッカーは公的機関において既存の事業を辞めて新しい事業を始めることは異端とされると指摘しています。規模の最大化はいつまでたっても達成されませんし、目標の75% とか80% とかの最適値を超えると、得られる成果は指数関数的に小さくなり、必要となるコストは指数関数的に大きくなります。
第二に、アウトカムではなく予算に基づいて行動することです。他者(納税者)から得た収入で活動するため、無責任となりますし、予算を縮小することは自身の権威の縮小を意味します。病院経営会議でも収益の話の際に、予算当たりの収益などに注目したデータでの議論はなされません。
第三に、公的機関はつまるところ社会的善を行うために存在すると考えます。したがって自らの使命を道義的な絶対的存在とし、費用対効果の対象とみなしません。しかし、多様な問題を抱える現代社会はなすべきことが溢れており、限られた資源の範囲ですべての社会的善を遂行することはできません。
大学病院を取り巻く環境変化と課題
宮崎大学名誉教授高崎眞弓先生の著書『稼ぐ大学病院 教育研究と経営とのはざまで』をお読みいただくと、大学病院の現在抱える問題が明らかになります。
従来の大学病院の役割と言えば臨床・教育・研究でしたが、近年大学病院の収益第一主義が私立大学のみならず国公立大学病院にまで拡がりを見せ、いまや大学病院の役割と言えば経営・教育・研究とまで言われています。従来、大学病院はたとえ利益に繫がらない症例であっても、教育や研究といった面から赤字を覚悟で診療することが使命と考えてきたわけですが、最近の大学病院は周囲の病院と救急患者を取り合うなど、目先の利益に群がるハイエナのような状態です。
国公立大学の法人化が経営を重視する姿勢を加速させたと考えます。高崎眞弓名誉教授は「教学よりも経営」となった大学に対する教員の忠誠心は損なわれ、教授職の魅力が低下したと指摘しています。経営重視となって良かった点は、医師の業務が円滑に進むようにコメディカルが協力的になり、事務作業補助者を雇うなど、利益重視になって医師の労働環境が改善されたことです(ただし、大学病院の医師の過重労働はいまだ解消されていません)。
そもそも、なぜ医学部ばかりが儲けなくてはならないのでしょうか。経済学部、文学部など人文系学部はもちろん、薬学部、理学部などの学部がかならずしも利益を上げているわけではありません。医学部でも臨床の教室は病院で利益を上げていますが、解剖学、生理学、生化学などの基礎医学や、公衆衛生学、法医学などの社会系学部では病院に直接的な収益をもたらしていません。
これら目先の収益に繫がらない学科は、地域で統合化しようとする動きすらあります。