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おむすびコロリン 〜おにぎりを巡る思い出について〜

母の日のてのひらの味塩むすび  鷹羽狩行

雲南省タイ族の女性を描いた版画 作者:永坤

バンコク市内のスクムウィット路の某ソーイ(行き止りの小路)の奥に、市内の一流ホテルに暖簾を出している日本料理店等でもなかなかお目にかかれない酒の肴をサーブしてくれる居酒屋がある。その店では、銀杏の塩焼き、カキの土手鍋焼き等を肴に酒を飲み、締めには、おにぎりを注文することが多かった。

その夜は、焼きおにぎりを注文したが、焼きおにぎりからのぼって来る湯気の向こうに、お袋の握ってくれたおにぎり、学生時代の合コン相手の女子大生の作ってくれたおにぎり等が浮かんでは消え去って行った。これまで私は、いったい幾つのおにぎりを食べて来たのだろう。

漫画『サザエさん』の作者長谷川町子さんは、「サザエさんと私」という漫画の中で、疎開先の福岡の家のすぐ裏に海があり、妹と砂浜に寝転びながらサザエさんの登場人物の名を海産物の中から選んでつけたとしている。続けて福岡の疎開先から、東京に帰りたくてたまらず、家を探す為に延べ六回上京し、その往復用のおにぎりを百四十四個こしらえたと述懐している。単純に計算すると片道で十二個のおにぎりを食べた勘定だが。当時、福岡から東京までの汽車の旅は、随分と時間を費やしたことであろう。揺れ動く汽車の中でサザエさんの生みの親が食べたおにぎりはどんな味がしたのだろう。

たかがおにぎり、されどおにぎり。おにぎりについて忘れ難い思い出がある。

〈第一話〉ベトナムの桃源郷(シャングリラ)にて

一九八四年三月、生まれて初めてベトナムの地に足を踏み入れた。旧正月用の桃の花飾りが残っていたベトナムの首都ハノイは、あたかもタイム・マシーンで四十年近くも前の昔にタイム・スリップし、戦後の日本の闇市を見ている様な強烈な印象を与えてくれた。

「折角タイからベトナムに来たのであれば、ラオス国境近くのディエンビエンフー近郊の黒タイ族の村マイチャウを覗いてみたら」と東南アジア生活が長い大先輩からやさしいアドバイスがあった。早速、翌朝、霧が深く立ちこめるハノイの街を後に、大先輩夫婦の案内で黒タイ族の村を目指した。