ある個人主義者の死

個人主義者を自称するSと金之助という二人の男がいた。二人は日清戦争で亡くなった軍人の遺族である奥さんとそのお嬢さん、静が住んでいる家に下宿させてもらっていた。

Sは遺産相続でもめ、故郷と決別した結果、住むところがなくて下宿させてもらっていた。金之助は真宗の坊さんの子だったが、両親が彼を医者にさせるため東京の大学へ通わせているのに、Sの勧めで両親をだまし違う大学に通っていたのがばれて、親子の縁を解消させられた結果、Sの提案でその家に下宿させてもらっていた。

Sと金之助は子供の時から友達だった。金之助は中学にいた頃から哲学的なことなどよく考えていた。しかしSの方はあまり哲学には興味がなかったようだ。二人はまじめな性格で、同じ個人主義ということもあって、よく気が合った。しかし最近、金之助は、何でも自分で背負い込むようになり、感傷的になっていた。それはもう神経衰弱と言えるほどだった。

そこでSは金之助が少しでも他人と接することができるようにと、彼が静や奥さんとできるだけ話す機会をつくってあげた。そのおかげで、初めはあまりこの家になじめなかった金之助だったが、次第に慣れ、心を開くようになっていった。しかし、Sは静のことが好きだったので、金之助が静と親しくなっていくことに嫉妬するようになっていった。

夏休みにSは金之助に房州へ行こうと誘った。彼は行きたくないと言ったが、Sは金之助を残して行きたくなかった。静と金之助が親しくなっていくのが耐えられなかったからである。だから無理やり連れて行くことにした。

房州の保田に行ったが、そこは生臭くて、Sは嫌になった。そこで彼らは富浦に行き、そこからまた那古に移った。そこで金之助は海岸の岩の上に座り、景色を眺めていた。退屈だったSは金之助に

「僕が君を海の中に落としたらどうする」

と聞いた。すると金之助は

「ちょうどいいからやってくれ」

と冗談を返した。金之助の神経衰弱は、Sの努力のおかげでだいぶ良くなったらしい。しかし、それとは逆にSは金之助のことを憎むようになった。そして金之助はSが静のことを好きだということに気づいてなかった。