【人気記事】JALの機内で“ありがとう”という日本人はまずいない

才能と驕おごり

平岡由紀夫は音楽が好きだった。小学生の頃から、昔の名曲をよく聞いていた。また、曲を作ることもよくしていた。しかし、自分に才能があるとは微塵も思っていなかった。誰からも褒められたことがなかったからである。そんな由紀夫が、中学生になって音楽の授業を受けていた時である。

音楽の先生は、彼女自身、それほど歌がうまくはなかったが、由紀夫のことを褒めてくれた。それから由紀夫は放課後によく音楽室に行き、自分の作った曲を、音楽教諭によく聴かせるようになった。その度に先生は、彼のわずかなる才能に、自らの半生を重ね合わせ、共感し「由紀夫君はすごいなあ」「こんなの先生は作れないよ」「また新しい曲が作れたら聴かせてね」と称賛の言葉を投げかけた。

中学を卒業する頃には、由紀夫は将来の夢は、自分で曲を作り自分で歌うミュージシャンになることに決めていた。高校生になってからは、軽音楽部に入ったり、ソロで駅前路上パフォーマンスをしたり、動画をインターネット上にアップしたりして、様々な音楽活動をおこなった。そして、誰かからスカウトされることを待った。しかし何もなかったので、活動を続けながらレコード会社に自分の作った曲を持参したり、オーディションなどに応募したりした。由紀夫が学校を休みがちになるまで、そう時間はかからなかった。

遂に由紀夫は高校を中退してしまい、部屋に引きこもりはじめたので、心配になった母親は、彼を病院に連れて行った。病院ではまず、母親と由紀夫と精神科医の三人で話を始めた。医者は最初に、将来どうしたいかを由紀夫に聞いた。

彼は「将来は歌手になりたいです」と答えた。

すると母親が「由紀夫は小学生の頃から曲を作っていました。これはこの子が作った作品の数々です」と言って由紀夫の作った曲の楽譜が書かれた分厚いノートを渡した。

医者は「小学生の時から曲を作っていたの。すごいね」と言って曲が書かれたノートの頁を嫌そうに見た。

由紀夫が感想を聞くと、少し黙った後に、医者は

「私は音楽苦手だからわからないなあ」

と答えた。

その後は、次に病院に来る予約をして帰った。