春の出会い(邪気:90 代謝:80 正気:80)
「ちょっとましになった?」
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ものの三分ほどの手当の後、使い終わった清浄綿や絆創膏のフィルムなんかをざっとビニール袋に突っ込む。
「……うん」
僕が顔を上げると、彼女の眉間のしわが消えていて、いつもの落ち着いた表情に戻っていた。そして何かに急かされたように、バッグに手を入れた。
「あ、薬代、いくらだった?」
「ああ、どうせ買おうと思ってたもんやからいいよ」
「いやそうはいっても」、「いいから」、などとしばらくやり取りを繰り返してなんとか納得してもらった。実はとっさに手当に動いてしまったものの、冷静になると、絶対お金などもらいたくないという気になっていた。
というのも、手当してほしいという気持ちもきちんと確かめず、自分が勝手に選んだ薬を使ったし、成り行き上お願いと言っただけで本当は迷惑だったかもしれない。駐輪場に春田の自転車を預け、駅の地上入り口まで歩く。この駅は学生が利用することが多いためか、この時間になると閑散としていた。
南北に流れる川のそば、それに並行して走る通りに面していて、春風の通り道にもなっているのか、強く体が揺らされる。隣に並んで立つ春田の長い黒髪も千々に乱れる。
「ありがとう、助かった」
髪をかき上げながら振り向いた彼女は、教室やテニスコートで見かける冷たくすました様子もなく、口元に穏やかな笑みをたたえていた。初めて見聞きするその声と姿にドキリと胸が高鳴る。じゃあね、と言って彼女は地下のホームにつながる階段を下りていった。
その後ろ姿を見ながら、自分のしたことは悪いことじゃなかったかな、と少しだけ胸をなでおろした。