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春の出会い(邪気:110 代謝:75 正気:75)
しばらくしてお待ちかねが運ばれてきた。
「そのグラタンおいしそうですね」
「ちょっと食べてみます?」
「いいですか? そしたらこれも食べてみませんか?」
「ありがとう。ぜひ」
ご飯でもケーキでも女の子はシェアする傾向があるんだろうか?
そういうと自分の姉にも食べているものをよく取られる。姉の場合は代わりに自分のを、とは言ってくれないからこれはシェアじゃなくてただの強奪か。僕はなんとなく蚊帳の外な感がして、一人パスタに取り掛かる。
そのとき、木下のパーカーの紐がスープにつかりそうになるのが見えたので、「あっ」と小さく声を出して紐を持ち上げた。木下は急に僕が手を出してきたものだから、ビクッとして振り向いたが、
「紐がスープに入りよったき」
と言うと、
「あ、ありがとうね」
と答えた。そして、
「水もこぼれるで」
と肘に当たりそうなくらい近くにあったコップを移動させると、
「ごめんね」
と呟いた。僕はニコリと笑顔を作った後、またパスタに挑む。このなんということもない土佐弁のやり取りを春田は複雑な面持ちで見ていた。
僕はこのフォークとスプーンで上手にクルクルと巻いて食べるのが苦手だ。ラーメンのように一気にズルズル食べられるほうがよほど気持ちいい。いっそのことグワッとかき込んでやろうかという気にもなるが、きれいな女の子と可愛い女の子を前にしてそれを実行に移す勇気はなかった。
仕方なく少しずつクルクルイライラしながら一人静かに食べた。いつの間にか二人の話は、本の話題になっていた。特にミステリーはともに好きらしく、最近ブームになっている本で盛り上がっている。
まったくミステリーを読まない僕は、そのテクニカルタームがチンプンカンプンで蚊帳の外から完全に場外に追いやられた気がした。
仲良く話し込んでいる二人を横目に、何を想うでもなく窓の外を見る。行き交う車の間を一枚の木の葉が右へ左へと落ち着くことなく流されていた。