春の出会い(邪気:115 代謝:80 正気:80)
テニスコートの脇の更衣室の前には小さなコルクボードがぶら下がることがある。もちろん雨が降ったり風が強かったりすれば外されるけど、そんなときには誰もテニスなどしにも来ないから当然必要がない。
それがぶら下がるということは、部員に周知させたい連絡事項があるという意味だ。今日のボード。対外試合があるので、二年、三年、四年を中心とした選手は予定しておくように、とのこと。
(うん、関係ないな)と一人指さし確認する。
このサークルは緩いのが売りなくらい緩いので、試合に出る選手以外無理に参加する必要がない。もちろん選手になろうと思っている人や、先輩に声をかけられている人は行くらしい。
つまり、入って間もない僕らはおよびでないということだ(というより文面からすると、辞められるのが困るから、本当に来たくなければ来なくていいよというニュアンスなのだ)。
「沢波くん、早いね」
運営する先輩方は大変だねぇ、などと他人事のようにコルクボードから目を逸らしたときに、春田が後ろから声をかけてきた。
「あ、春田さん。こんにちは」
更衣室のドアノブに掛けようとした手を引っ込めて振り返る。
「こんにちはって、さっき教室に一緒にいたでしょ」
赤いスポーツバッグを肩から下げた彼女が呆れたように笑っていた。
それもそうだ。何をとぼけたこと言っているんだろう。でも不意に緊張して言葉に詰まると、よく外れたことを言って、気恥ずかしくなってしまうのだ。
だから「ハハ、んじゃ後でね」と言って、すばやく男子更衣室に飛び込んだ。
このサークルはたった二時間の練習に十分の休憩が二回もある。それも基本的に全員が休むことになっている。誰の発案か知らないけど、最初は時間がもったいないと思っていた。
けれども近頃は単に体を休めるだけじゃなく途中で考える時間にもなるし、先輩や他の学部の同期生、普段緊張を強いられて話しづらい女の子、とも接点を持つ時間になることに気づいた。
全学部のサークルだからそれはそれでいいし、発案者はよく思いついたものだ。
今またその恩恵から発せられる声が隣から聞こえてきた。