【前回の記事を読む】仏検1級に合格しても、志望大学に入っても、喜びは半年も続かなかった……憧れの大学院まで辞めた私が気づいた「何かになる」という落とし穴とは
6.最後に
川端康成の自殺、或いは「他人の眼」
私は「人生を知っていそうな」大人に会うたびに、この「謎」を尋ねてきた。それは私が多少の経験を積んだ大人になり、人間は年齢を重ねても子供と比べそれほど賢くなるとは限らないと納得するまで、続いたが、無論、誰も満足する解答はくれなかったのだった。
ただ一つだけ、これらの大作家達の死によって、私が納得したことがあった。
つまり、名声、金、社会的地位は、少なくとも死などを考えることなく、活力ある人生を送るための決定的条件ではないということだ。というのも、もしこれらの現世におけるアドバンテージが何らかの価値を持っているとするなら、ノーベル賞受賞者が、何らかの深刻な悩みを持っていたにせよ、自殺などするはずがなかったろう。
つまり、名声、金、社会的地位は、仮初の、実質のない価値に過ぎないのだろう。いや、これは論理的に考えた結論に過ぎず、自分が納得したわけではなかった。
依然として、テレビで、芥川賞や、オリンピックや、ノーベル賞やらの受賞者のインタビューを見ていると、ジャーナリストに取り囲まれた、彼らの表情、言葉から滲み出てくる喜びの感情の中に、その背後には、確かな、実質的な価値がある、と思わざるを得なかった。
ところがある時、今では世界的な名声を得た映画監督でもある北野武氏のエッセイを読んでいて、はっとした。
周知のように、北野氏の最初の成功は、80年代、まだ三十歳前のぶっ飛んだコメディアン、ツービートのビートたけしとしてのものだった。その前の年は、まだ貧乏な駆け出し芸人に過ぎなかった彼は、月に百万以上のギャラをもらえるようになると、人生での成功を実感するべく、先ずしたことの一つは、ポルシェを買うことだった。
しかし三か月もすると、この感覚の鋭い才能ある若者は、それがポルシェの座席だろうが、中古の軽自動車だろうが、車の運転そのものは大した違いがないことに気づいてしまった。もちろん、だからと言って、まだ若い彼はこの結論に納得したわけではない。
それで彼は、付き人に命じ、ポルシェに並走した車から、彼の運転姿をヴィデオに撮らせることにした。それで、どうにか彼は、一千万円もする車を運転する、有名なコメディアンとしての自分を見ることに成功したのだった…。
北野氏が飽きっぽい性格だったからではない、繰り返すが、後に映画監督として大成する、本質を見抜く鋭い直観を持った、この才能豊かな若者は、ポルシェの運転でも、中古の軽自動車の運転でも、大した違いがないことを、すぐさま了解したのだった。
だから「飽きた」のだが、さすがに納得できなかった彼は、まことに適切な直截な手段を取った。ポルシェを運転している自分のヴィデオを撮らせたのだった。つまり、もしどうしても、ポルシェのポルシェたる価値を感じ続けたいなら、北野氏がしたように、「他人の眼」が必要になるのである。