【前回の記事を読む】都会に引っ越してきて「あまりに狭くて戸惑った」…ずっと長野の農家で、大きな家に住んでいた祖母。「便利だけど」と寂しそうに話し…

二 葛藤

美幸のページ

二人が側にいるとはいえ、私たちの生活にはそれほど影響がない日常が当たり前になっていた。夫が付き添って、週末買い物に行ったり時々外食したりしていたが、都合がつかないと私が代わりに行くようになった。

そのうち夫と私が交代で一緒にスーパーへ買い物に行き、お昼を一緒に食べるようになっていた。それでもホームセンターに、庭いじりのためのものを買いに行く時間が取れないことを麻衣は怒っていたが、二人は気にしていないようだった。週末手伝っているから良いという気持ちでいた。

そんな時、義母が目の再手術をしなければならなくなった。定期的に会っていたのになぜ気づかなかったんだろう。二人のことは麻衣に任せているので、大丈夫と高をくくっていたのかもしれない。

二人がこちらに来てから顔を合わせることで、義母の穏やかな性格がわかってきた。ずっと不義理にしてきたことを後悔したし、それを許してくれそうな温かさが私をほっとさせていた。そのため義母の目の不調に気づかなかった。それは夫も同じだったようだ。茅ヶ崎で穏やかに暮らしている様子に満足し、「親を見ている」感覚でいたようだった。

「最近まで整理されていた新聞が雑然と置かれていることが増えてきたみたい。この間割れている食器を戸棚に隠しているのを見つけて、びっくりした。おばあちゃんの様子をじっくり見てみると、明らかに前よりよく見えていないみたい」と麻衣に言われて、慌てて夫が義母を病院に連れて行った。

「検査入院をし、結果を見て手術すればもう少し見えるようになる可能性が高い」と医師から言われたそうだ。その間、義父は一人で家にいることになる。生活全てが義母任せなので、とても一人で過ごすことは無理ではないかと思えた。夫も同じ考えで、義母が入院している間だけでも家に来るように義父に話した。

「何を言っているんだ。俺は大丈夫だよ。ばあさんだってそんなに長いこと入院するわけではないだろうから」と断られた。「頑固だから迷惑をかけるし、それに自炊をした経験もあるから何とかなると思う」と義母も心配していないようであった。そこで、麻衣に食事を届けてもらうことにした。内心ほっとした。そして義母は入院した。

三日後、警察から連絡があった。義父が近所で自転車に乗った高校生と接触して、転んで頭を打ったとのことだった。救急車で運ばれ病院にいると救急隊からの連絡だった。

私は、その時運悪くプロジェクトの大事な会議の最中ですぐに抜けられなかった。夫は商談のため、海外に出張していた。仕方がないので、その話を警察にすると救急で運ばれた病院の連絡先を教えてくれた。会議終了後に病院に連絡すると、「今からでもできるだけ急いで来てほしい」と言われた。