「じゃあどうしたらいいが」と尋ねると、まず、冷蔵庫をなんとかして、ガスの火口も大きいやつを入れんと味噌汁も作れない。棚も何とかしないと食器を置くところも作らんと、料理を盛り付ける作業台も無かったら料理も作れないなど、「これは厳しいで」と言われました。
当時、明神水産には飲食店経験者が誰もいなく、この状況を見てもおかしいと思う人が誰もいなかったのが現実でした。急いで会社にこれでは、飲食店はできないので最低でもこのようなものが必要だと訴え、急遽冷蔵庫とガスの火口と小さい作業台を一つ用意できたぐらいで後は、事務所から拾ってきた棚で何とかオープンしたのを覚えています。
初めて買った高さ1200㎜の台下業務用冷蔵庫は当時愛おしかったぐらいはっきり覚えています。レジもなく業務用冷蔵庫1台と明神水産からのお下がりの冷凍ストッカーと、ガス台ではなく裸の火口を大と小の2つとビールメーカーから借りたショーケース3台と、もらってきた作業台と棚いくつかでオープンしました。
オープン日がゴールデンウィークという今思えばとんでもない日にオープンしたのを覚えています。一人で水産から仕入れた冷凍の藁焼き鰹を切って盛り付けて出して一生懸命やって一日の売り上げが20万円台でした。初日は忙しく必死で夜9時にやっとお店のシャッターを閉めた時自然と涙が止まらなかったことを覚えています。こうして、明神丸のお店がスタートしました。
オープン時期がゴールデンウィークだったこともあり、ゴールデンウィーク期間中は連日連夜お客様が毎日たくさん来て、ひたすら鰹を切っててんてこ舞いでした。こんなに、世の中の人は鰹のたたきを食べるのかと、こんな日が毎日続くのならお店は大繁盛間違いなしだと思いました。
考えてみれば16 歳から漁師しかしていない私なので連休とかゴールデンウィークというものは、海上では関係がない世界だったので、人がこんなに動くものだとは知りませんでした。ゴールデンウィークが明けると昨日までのことが嘘のようにお店に来るお客様はほとんどいなくなり、毎日閑古鳥が鳴くような日々が始まりました。
ひろめ市場は当初から観光スポットとして認知されていたので、土日と連休やよさこい祭りの時期はある程度集客が見込める立地物件でしたが平日は全く集客が見込めず、一日の売り上げが平日が5万~10万で週末の土日は二日で30万~40万でした。
当時ひろめ店と大橋通り店の合計で年間3000万前後の売り上げだったので、飲食がいかに売れていなかったかわかると思います。今だったらひろめ店の飲食だけで、良い時は一ヵ月かからない売り上げでしょう。
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