【前回の記事を読む】健忘症の妻が、恋敵だった奴の名前で私のことを呼んでくる。「毎日ありがとう、征ちゃん」と言う妻に、今日も微笑みかける。

モッコウバラの咲く頃に

子供の頃よく遊びに行っていた祖母の家に、モッコウバラの木があった。

モッコウバラは春に黄色の花を咲かせる蔓性植物で、私はその明るい花色がとても好きだった。

「モッコウバラが咲いたよ」

祖母から連絡がくると、私は自転車を飛ばして祖母の家に駆けつけた。亡くなった祖父が作った大きなアーチ型の誘引に絡まりながら、満開のモッコウバラが黄色い花房をゆったりと五月の風に揺らしている。

「私この花が一番好き」

「ありがとう」

祖母は嬉しそうに目を細めたが、

「モッコウバラには棘がないっていうんで育て始めたんだけど、今年初めて棘が出てきたから触らないようにね」

と私に言った。

「棘が」

「そう。とても魅力的なものは時として予告もなく牙をむくことがある。だから遠くから見ているだけにしておくの」

初めて棘が出現したというモッコウバラ……もういつの年のことだったか忘れたが、その優しい風情の中に危険なもう一つの顔が隠れているような気がしたのを覚えている。

ゴールデンウィークも近いある年、小学生だった私は祖母の家の縁側で宿題を片づけていた。ひと段落してふと顔を上げると、例のモッコウバラのアーチの下に見知らぬ女の人が立っているのに気がついた。

「おばあちゃん!」

私は驚いて祖母を呼んだ。台所で昼ご飯を用意してくれていた祖母が、ただならぬ私の声を聞きつけて飛んできた。

「どうしたの?」

「モッコウバラの木のところに知らない女の人がいる」