渉は棺の縁を握った。手が震えていた。
声を上げて泣いた。
その場に崩れ落ちそうになるのを、棺にしがみつくことでかろうじて堪えた。嗚咽が漏れた。千春の親戚の誰かが背中に手を当ててくれた。でも渉には、それが誰なのかもわからなかった。
ただ、泣いた。
涙が枯れるまで、泣いた。
*
葬儀が終わった夜、渉は病院に戻った。
新生児室のガラスの前に立った。千春が産んでくれた赤ちゃんが白い布団にくるまれていた。
渉はガラスに手を当てた。
(葵…)
その名前は、そしてこの子は、千春が最後に望んだものであり、最後にのこしてくれたものだった。
「葵」と渉は小さく呟いた。「よろしくな」
ガラスの向こうで、葵が小さく動いた。
渉はもう泣かなかった。涙が、もう残っていなかった。
ただ、ガラスに額を当てて、葵を見ていた。
葵の小さな体が、規則正しく呼吸していた。
(この子だけは絶対に守る)