【前回の記事を読む】本町交番の責任者はパワハラで異動、桜町では借金問題で依願退職。どちらにもいた巡査は、リークした人間として疑われ…

第3章 伝説の男

2 郷田事件

郷田事件……。その真相を知る者は警察学校の教官、事務職員だけである。

警察学校では剣道か柔道どちらかが必須科目だが、結城の同期に郷田慢太郎という者がいた。柔道三段の猛者で体も大きく、大声を張り上げて手加減なく人を投げていた。それも柔道未経験者や体が小さくて弱そうな者でも容赦しないので、

「おい、少しは加減しろ!」

と、教官に注意されるほどである。しかし郷田は皆の前で言い放つのである。

「犯人は手加減なんかしねえよなあ!」

結城は同じグループの木野優と組んで練習をしていた。結城も小柄な方だが、それ以上に小さく気弱な木野に結城はよく付き合ってそして投げられていた。そんな二人を見て郷田はいつも馬鹿にした。

「弱っちそうなちびが二人、いちゃいちゃしやがって」

しかし教官はたまに結城のそばに行くと小さな声で何やら言って結城の肩をぽんっと叩く。そして結城がまた木野に技を掛けられるのをじっと見ている。教官にはわかっているのだ。あれは投げられているのではない、投げられてやっているのだと。

「おまえは投げられてばかりだなあ」

それも弱い木野に投げられているので、皆口々に結城をからかう。いつも言いたいことを言う同期たちに何も言わず、結城はもそもそとシャワールームに向かう。

「逃げてんじゃねえよ!」

皆の笑い声が響き渡る。

消灯時間前の自由時間、明日の準備をしながら結城と同室の木野はいつもすまなそうにごめんと結城に謝罪する。

木野は何で警察官になろうとしているのかと思うほど気の小さい男で、体格的にも合格ラインぎりぎりで体力も余りあるとは言えない。ランニングの時はいつも一番最後でよれよれになりながら走っていて教官に怒鳴られている。

ここでは五人一組の班に分けられていて、学科でも何でも誰か一人でもできない者がいるとその班の共同責任になる。木野と同じ班の面々は結城と郷田、後はあの古尾と立場である。郷田はいつも木野に聞こえよがしに嫌味を言う。

「誰かさんが足、引っ張るからほんと、迷惑だぜ」

「警察官に向いてないんじゃねえか?」

古尾と立場がその尻馬に乗ってからかうが、木野はいつも申し訳なさそうにごめんと謝罪するしかないのである。