【前回の記事を読む】警察学校の初任科生でありながら恐喝被害に…親にも言えず1人で抱え込み、何度も「ごめんなさい…」と繰り返しながら……

第3章 伝説の男

2 郷田事件

次の日の朝、結城は周りに人がいない事を確認して、音もなく郷田に接近して話し掛ける。

「郷田くん……」

いきなり後ろから陰気な声で話し掛けられて郷田はぞくっとして振り返るが、そこに陰のオーラ全開の結城が俯いて立っているので、なんだ、こいつかという顔をする。

「なんだ結城かよ。相変わらず陰キャだな、てめえは。何か用か?」

「今日の自習時間に柔道の手ほどきをしていただけませんか?」

思いもかけない結城の申し出に郷田はへ?と言う顔をしたがすぐににやりと嫌な笑いを浮かべ、

「まあ俺も忙しいんだが、どうしてもって言うんなら相手してやってもいいぜ」

と、恩着せがましく返答した。

郷田は自分より筆記試験の成績がはるかによく誰ともつるむことがない、それでいて木野のように気弱な者に添うている結城が以前から気に入らない。

「じゃあ自習時間に第一道場に来いや」

皆の前で大恥かかせてやるとにやにやする郷田に、結城は俯いたまま上目遣いで言う。

「できればマンツーマンでお願いしたいのですが……」

自分の陰険な企みを見透かされたような気がして郷田はむっとしたが、すぐにけっと馬鹿にしたように笑い、

「皆の前で恥かきたくねえというのはわからないでもないぜ」

そう言って第二道場を指定した。第一道場はいつも柔道の教練で使う道場だが、第二道場はそれより少し小さい道場である。前から気に入らねえ奴だったんだ。誰も目撃者のいねえ所でぎったぎたにして、足腰立たねえようにしてやる、と今から楽しみな郷田である。

自習時間、郷田が道場に行くと、結城はもう道場の真ん中で正座して待っていた。扉にパチンと鍵を掛けて郷田は指をぽきぽき言わせてにやにやしている。結城は丁寧にお辞儀をする。

「お時間取らせて申し訳ございません。よろしくお願いいたします」

やたら丁寧な結城のそばに郷田はどすどすと足音を立ててやってくると、礼もしないでいきなり結城に摑みかかった。しかし結城はころりと後ろに転がり郷田の手をかわす。

すばしっこい奴め!と郷田は結城の襟を掴もうとするが、また軽くかわされて逆に腕を取られてしまう。痛てててっ!と喚く間もなく、郷田は投げ飛ばされた。

畳の上で郷田には何が起こったのかわからず呆然としたが、すぐにこのっ!と立ち上がって結城に摑みかかる。しかし今度は手首を取られ、その足元に叩き付けられた。立ち上がるとまた投げられ、投げられて立とうとしてはまた投げられ、そのたびに関節を決められるものだから猛烈に痛い。