【前回の記事を読む】ボールペンをカチカチ鳴らすと、近くの男が「ひっ」と悲鳴…彼は身体を震わせながら、怯えた表情で……

第4章 さらば! 不埒者

1 新人の頃の結城と初手柄及びハコ長を飛ばす事

新人警官は交番に配属される前にいろいろな部署に挨拶に行かされる。職業柄、普通はハキハキして元気に話すのだが、結城だけはなんともぼそぼそした物言いなので、大勢にヤジを飛ばされた。

そのとき結城は何か言ってきた相手を帽子の陰からじーっと見つめてから急に大声で、一人一人に反撃を企てたのである。

「ギャンブルがお好きなのでありますか?」

「暴力をふるうのはいかがなものでありましょうか」

「奥様のご機嫌でも損なわれたので?」

結城がこうした外聞を憚るようなことを遠慮会釈なく言ってにたにたしているので、相手からさらに怒鳴られたり、摑みかかられそうになった。この出来事はもはや伝説になっている。

しかも結城が言ったことはほぼ当たっているので、言われた当人たちは気味悪く思うのだが、結城からすれば別に不思議でも何でもない。

デスクの書類の下からちらっとはみ出している競馬新聞、手の甲についた傷や青痣、顔についた引っ掻き傷など、ヤジを飛ばした人をそれぞれ素早くチェックし推察しただけのことである。

そんな結城が最初に配属されたのが城西警察署の本町交番である。そこのハコ長は佐渡巌という五十過ぎのやたら太った巡査長でとにかく小うるさかった。

新人は教育係と行動を共にするのだが、愛想がなく陰気な結城が最初から気に入らない佐渡は、指導という名の下にパワハラ、モラハラの嵐である。

その日も二人でパトロールをしていた時のこと、

「あいつに職質かけてこい」

と、佐渡はぐいっと顎を突き出す。その先にはいかにも危なそうな中年男性がぶらぶら歩いている。結城はその男をじいっと見てから首を傾げ、

「なぜでありますか?」

そう不思議そうに尋ねると、佐渡はばしっと結城の頭を平手で叩き、

「ごちゃごちゃ言っとらんと行けっ!」

と、怒鳴りつける。仕方なさそうに結城はその男に近づいて、しばらく後ろを歩いていたが急に男を追い抜き、その前にいたひょろりと痩せた若い男の背後から、陰気この上ない調子で声をかける。

「こんにちは」

男はぎくっと肩を揺らして振り返った。さっきまで道の向こうにいた警官がいつの間にか自分の後ろにいる。

男はなんだ!と強気に返答するが目が泳いでいる。そんな男の様子を窺いながら結城は単刀直入に言う。

「そのポーチの中、見せていただきたいのであります」

小柄で若い結城を男は完全にナメてかかり、ふんっと無視して立ち去ろうとする。

「ご協力お願いいたします」

俯いたままにたにた笑いながら手を伸ばしてくる結城に男はひっと変な声を出して逃げ出した。その背中を見ながら無表情な顔で結城は呟く。

「逃げても無駄であります」