【前回の記事を読む】「99%、偽物だ」「展示品すら怪しい」と言う目利きの男たち。美術館で撮ったダ・ヴィンチ作『受胎告知』を見せても…
第一章
『イザベッラ・デステの肖像』
忠司が問題の絵をサバティーニに見せたのは実は彼の戦略だった。例の女の持ったバッグにこの店のカードがあったことは偶然とは思えない。この美術商なら絵の出どころを知っているに違いないと感じたからだ。ただしスーザに見せる意図はなかったのだが、行きがかり上そうなってしまった。
だがその絵を目にしたサバティーニの反応は特筆すべきものだった。明らかに驚いて動揺している。忠司は続けた。
「たまたま見掛けた絵ですが、後でこの絵はどこかで見たことがあると気付きました。インターネットで図版を検索していく内に、ようやく思い出した。レオナルドのデッサン集に載っていた女性を描いたエスキースです。エスキースには色は付いていなかったが構図は全く一緒だ」
スーザは言った。
「これはルーヴル美術館にある、チョークで描かれたレオナルド作のイザベッラ・デステのエスキースと同じ構図の絵だ」
忠司はどうしてその絵と関わりを持つようになったか、彼らにいきさつをざっと説明した。スーザは質問した。
「その絵を持っていた女は空港で消えたんですか?」
「消えてしまってどこへ行ったか分からない。おまけに絵も消えてしまった。誰かが遺失物係に申し出て、女のバッグを引き取ったらしい。持ち主の女自身ではなかった。受け取りに来たのは髪がもじゃもじゃ(crimpy)の男だったと言うんです」
スーザは何も言わず、むつかしい顔をした。
「そのバッグを引き取った男は女の連れだったのか?」
「さあね、何者かは知りません」と忠司は首を振る。
「あなたはこの絵をひょっとして本物のレオナルド・ダ・ヴィンチの作品だと思いますか?」
スーザは現物を見ないことには簡単に決められないといったような、曖昧な返事をした。
「レオナルドがイザベッラ・デステと接点があったことは事実です。一四九〇年末から一五○○年代初めにフランス軍がイタリアに攻めて来て、レオナルドは仕方なくミラノからマントヴァに逃げた。そしてマントヴァ侯爵夫人だったイザベッラに頼まれてエスキースを描いた。だが油絵を描いたかどうかは、はっきりしていない」
忠司は尚も食い下がる。
「実はレオナルドは油絵を描いていたが、その絵は現代に至るまで行方不明だったということはあり得るでしょうか?」
「問題は侯爵夫人の手の位置だ」とスーザは言った。