「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」
舞台の上でハムレット役の若い役者が有名な台詞を声高に述べた。
この舞台は枝園(しえん)楠樹(くすき)という有名な監督による演出で、主役は黒田烈斗という今評判のイケメン俳優ということもあって、500席程の観客席は満席だった。
高井良は客席中央右側の通路横の席に、コロネはその左隣に座っていた。彼は彼女に囁きかけた。
「ほら、これがあの有名な台詞ですよ、って眠ってるし」
コロネはすっかり目を閉じてうつらうつらしていたが、眠そうな目をようやく開けた。
「あ、ごめんなさい。寝ちゃってた。私、『ジョン・ウィック』みたいなガンアクション映画しか見たことないから、銃撃シーンがないと退屈で……」
結局その後もコロネはうたた寝を繰り返した。高井良は彼女を気遣ってなるべくそうっとしておいたが、物語がクライマックスに至るとさすがに起こさないわけにはいかなくなった。
「保倉さん、ほら、今からクライマックスですよ。ハムレットとレアティーズの決闘です」
「えっ、決闘? 『続・夕陽のガンマン』? クリント・イーストウッド?」
寝ぼけ眼のコロネが言った。
「違いますよ。剣による決闘です。ほら、クローディアス王の策略により、レアティーズの剣先には毒が塗ってあるんです。ハムレットを一突きで確実に殺すためにね」
舞台上ではハムレットとレアティーズが激しく剣を交えている。1度目の勝負ではハムレットが1本取った。
「待て、酒を持て」
クローディアス王が試合を止め、従者に命じると、従者は王が持つ杯に酒を注ぐ仕草をした。王は右手の3本の指でつまんだものをハムレットにかざして見せた。
「この真珠をお前にやろう。お前の健闘を祝して乾杯」
王はそう言って杯の酒を一口飲み、杯に真珠を入れる素振りをした。
「この杯をハムレットに」
ここで高井良が話の筋を完全に見失っているコロネに耳打ちした。
「あの真珠にはきっと毒が塗ってあるんだよ。王が飲んだ時には毒はなかったけど、あの真珠を入れた後はあの酒は猛毒に変わったんだ」
「でも本当に真珠入れたかしら? 私には見えなかったけど」
次回更新は9月29日(火)、21時の予定です。
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