【前回の記事を読む】「君のせいで私は警察をクビになる」事件の犯人を暴いた直後、男が突然辞職を口にした。原因は以前交わした“ある約束”だった
ダウト2――シェイクスピアを疑え
「それで? 何か分かったかね」
デスクに座っている松田が周囲を窺いながら横に立っている高井良に訊ねた。
「はい。天蓋さんは警視庁内のありとあらゆる場所に監視カメラと盗聴器を仕掛けているそうです」
「何だって!」
思わず大声を出した松田は慌てて口元を手で押さえ、周囲をきょろきょろと見渡した。
「一体何のためにそんなことしてるんだ?」
声を潜めて松田が訊いた。
「さあ。ただ、警察官の不正を暴くことが目的のようです」
「そうか。このことはすぐ川崎部長にお知らせしないとな」
「川崎部長ならもうご存知です」
「えっ、何で」
「だって川崎部長の目の前で天蓋さんがそう言ったんですから」
「そうか。じゃあ、木曽もこれでおしまいだな」
「それが、天蓋さん、撤去されてもまた新しい監視カメラと盗聴器を仕掛けるって部長に堂々と宣言していました」
「何だって? 遂にあの男イカれたか。でもこれで確実に警察をクビになるだろうな」
「それが天蓋さんは自分から辞めない限りクビになることはないって言ってます」
「何だって。やっぱりあの男、川崎部長の弱みを何か握っているのか……」
松田は自分の大きな顎を捻った。
「松田課長は一課にいた時、天蓋さんと一緒だったんですか?」
「え? ああ、まあね。一時期はバディを組んでいたこともある。
最悪の思い出だよ。殺人事件が起きると所轄の警察官がまず現場に急行して、その次は鑑識が規制線を張って、誰も入れないようにするんだ。
刑事ドラマではよく、鑑識が作業しているのに規制線をくぐって刑事が現場を踏み荒らしてたりするけど、現場保存の観点からあれは絶対ありえないからね。でも時々木曽はそれをやるんだよ。
お陰で鑑識官といつも揉めちゃってさ。ただ、そのせいで一度、自分が犯した殺人の証拠を隠滅しようとした鑑識官を逮捕することができたんだけどね。
でもあいつと組んでると十円ハゲがたくさんできるのよ。誰もあいつとはバディを組みたがらなかったね」
「分かります。でも刑事としては非常に優秀な人だと思います」
「ちょっと、ミイラ取りがミイラになってるんじゃないだろうね。君の任務はあくまでも木曽の身辺を調査することだからね。忘れないでくれよ」
「分かりました。引き続き任務を遂行します。
ちなみにミイラは英語ではmummyですが、日本語のミイラの語源はポルトガルからもたらされた没薬mirraだったそうです。
当時はミイラは万能薬として売買されていましたから、それを取りに行った人々が過酷な砂漠の旅の途中に行き倒れになって干乾びた死体に変わり果てることを『ミイラ取りがミイラになる』と表現したそうです」
「うん、だから? そういうところがミイラになってるんじゃないかって心配してるんだよ」
「気をつけます」
そう言って高井良は立ち去った。
「大丈夫かな、あいつ」
心配そうな表情で松田は彼を見送った。