遍路宿主人の実知識

朝五時起床。洗顔し、近くを散歩して、ストレッチ体操をする。女主人手作りの朝食を食べ、新聞を読み、排泄し、遍路者の交換ノートを見ながら待っていると、イガグリ頭で三〇代半ばと思しき主人が不満そうな雰囲気で近づいてきた。

いかにも面白くないといった様子で、私に向かって、

「大日寺(だいにちじ)へ送るのはお宅さんかな」と、云う。

「はい、そうです。宜しくお願いします」

「うん、先へ板野駅まで送る人がいるから」

「分かりました。ではその後」

「いや、一緒に乗って…」

そう云われて外へ出て待つ。しかし、板野駅へ行く人は外へ出てこないので、いったん外へ出てきた主人はまた宿の中へ戻り、まだ結婚して間もないらしい女主人と大声で何やら口論している。

主人は再び外へ出てくると、私に車の助手席に乗るように指示して、やおら出発した。

口をへの字に結んで取りつく島もない雰囲気で、私も黙っている。

と云うのは、この金泉寺裏から大日寺の間は、出立前にパソコンで調べた記憶では徒歩一時間半であり、今からだと大日寺に着くのは八時半になり、そうなると昨夜立てた今日の行程がかなりの強行軍になって達成不可能になり、車で送ってもらうのはその点大変助かるのだ。そんな下心があって沈黙を守っている。

「遍路は初めてかな。どこから来ましたか」

「東京から来ました。初めての遍路です」

「うん、どこまで打つつもりかな」

「はい、三〇番まで打つつもりです」

「いつまでに」

「××日までにと思っているのですが」

「ああ、それは無理だ。昔は昼でも夜でもとにかく歩いたものだから、それで遍路の受付を夜でもしていたが、今は朝七時から夕方五時となっているからそれはとても無理だ。それに遍路というのは急いではいけない、地元の人たちと交流しながらゆっくりと巡るのが遍路ですからね」

「有り難うございます。分かりました」

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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