千春が渉の顔を覗き込んだ。
渉は「泣いてない」と言ったが、目が濡れていた。
「泣いてるじゃない」
「……すみません」
「謝らなくていい」千春は渉の頬に手を当てた。
「うれしい?」
「……うれしいです」
千春は渉の額に、そっと唇を当てた。
「私も」
それから千春は、渉の胸に顔をうずめたまま、小さな声で言った。
「ねえ、渉くん」
「はい」
「好きだよ」
渉はその言葉を聞いて、胸の奥が締め付けられるような気がした。好きだよ、という言葉をこんなふうにかけてもらったのは、初めてだった。母が死んでから、ずっと。
「……俺も、好きです」
千春がくすりと笑った。
「もっとうまく言えないの」
「……努力します」
「努力しなくていい。渉くんらしくて、好き」
渉は千春をもう一度、しっかりと抱き寄せた。千春も渉の背中に腕を回した。
窓の外で、風が葉を揺らす音がした。街灯の光が、カーテン越しに部屋を薄く照らしていた。
渉は天井を見上げた。
(お母さん、俺、大丈夫だよ)
心の中で言った。返事はなかった。でも、聞こえた気がした。
次回更新は9月29日(火)、22時の予定です。
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