薄暗い部屋の中で、千春は渉の前に横たわっていた。街灯の明かりがカーテン越しに差し込んで、千春の輪郭をやわらかく照らしていた。
渉はそっと千春の髪を耳にかけた。耳の後ろから首筋へと指を滑らせると、千春の体がびくっと震えた。
「……っ」
「大丈夫ですか」
「大丈夫。ただ……渉くんに触れられると、なんか……」
「なんか?」
「……ぜんぶ、溶けそうな感じがして」
渉は千春の首筋に顔を近づけ、温かい吐息をそっとかけた。千春の体がまた震えた。
「……やだ、そこ……弱くて」
「嫌ですか」
「嫌じゃない……っ、ただ……」
渉は千春の輪郭を確かめるように、ゆっくりと彼女の体をなぞった。千春の息が少し乱れた。そのまま腿の内側へと指を滑らせると、千春の体がふるりと震えた。
「……っ、そこ……弱いの」
「わかりました」
今度は、彼女の鎖骨に指を這わせた。千春の唇から声が漏れた。
「……んっ……渉くん」
「はい」
「……もっと、触れてほしい」
渉は千春の耳元に顔を寄せた。
「どこに触れてほしいですか」
「……わからない。でも……もっと」
渉はゆっくりと、千春の体に触れ続けた。仕事のときとは違った。仕事のときは、相手が求めるものを満たすために触れていた。でも今は違った。千春に触れたかったから、触れていた。千春の反応を見たかったから、触れていた。
千春の息が乱れるたびに、渉の胸の中で何かが大きく動いた。
「……やだ、声が……止まらない」
「止めなくていいですよ」
「でも……恥ずかしい……っ」
「ここには俺しかいませんから」
千春は渉を見上げた。目が潤んでいた。頬が赤かった。唇が少し開いていた。
「……渉くん」
「はい」
「……このまま、ちゃんと抱きしめてほしい」
渉は千春の言葉を聞いて、ゆっくりと体を重ねた。千春が小さく息を呑んだ。
「……っ」
「痛くないですか」
「……痛くない」千春は渉の背中に両腕を回した。
「渉くんのこと、もっと近くに感じたい」
渉は千春をしっかりと抱きしめながら、ゆっくりと動いた。千春の体が渉に応えるように動いた。千春の唇から、堪えきれない声が漏れ続けた。渉の名前を、何度も呼んだ。
「……渉くん……渉くん……っ」
渉はそのたびに、千春の名前を呼び返した。「千春さん」と。
仕事で何度も女性の体に触れてきた。でもこの夜は、まったく違った。技術でも、仕事でも、義務でもなかった。ただ、この人のそばにいたかった。この人に触れたかった。この人に触れてもらいたかった。それだけだった。
やがて、千春の体が大きく震えた。渉の名前を、一度だけ強く呼んだ。渉もその瞬間、千春をぎゅっと抱きしめた。
しばらくして、2人は並んで天井を見ていた。千春の荒い呼吸が、少しずつ落ち着いていった。渉も同じだった。
部屋が静かだった。外から、かすかに風の音がした。
千春が渉の胸に頭を預けた。渉はその髪をゆっくりと撫でた。
「……渉くん、泣いてる?」