【前回の記事を読む】ネカフェ生活中、知らない老人が紹介してくれた「手取り17万。住み込み、賄い付き」の仕事。店に着いて、正直に事情を話すと…
3.
武蔵で働き始めて、2年が経っていた。浩子からの接触は、武蔵に移って以降、完全に途絶えていた。
佐々木千春、30歳。
昼間は福祉関係の事務の仕事をしていて、週に3回、夜だけ武蔵に来ていた。渉より年上だった。
最初の2週間は、ほとんど仕事上のやりとりだけだった。
「すみません、2番テーブルに熱燗お願いします」「鯖の塩焼き、追加でいいですか」「お会計、先にやっておきますね」。そういう言葉だけを交わした。千春はテキパキと動いて、愛想がよくて、お客からも好かれていた。
渉は千春のことを、感じのいい人だと思っていた。それ以上のことは考えていなかった。
変わったのは、ある夜のことだった。
閉店後の片づけをしていると、千春が渉に声をかけてきた。
「中村くん、最近ご飯ちゃんと食べてる?」
唐突な質問だった。渉は手を止めた。
「……食べてますよ」
「本当に? なんか、顔色が悪い気がして」
「武田さんの賄いを毎日食べてます」
「それはよかった。でも、夜ご飯だけじゃ足りなくない? 昼は何食べてるの」
渉は少し間を置いた。
「……コンビニのおにぎりとか」
「1個?」
「……だいたい」
千春は少しだけ眉をひそめた。でも責めるような顔ではなかった。ただ、心配しているような顔だった。
「それじゃ足りないよ」
千春はそう言いながら、カウンターの上に包みを置いた。