「今日の賄いの残り。武田さんに聞いたら持って帰っていいって言ってたから」

渉は少し戸惑った。こういうとき、どう反応すればいいかわからなかった。人から何かをもらうことに、慣れていなかった。

「……ありがとうございます」

受け取ったのは、おにぎりと卵焼きと、きんぴらごぼうだった。

椅子に座って食べ始めると、千春が向かいに座った。帰り支度をしながら、特に話しかけてくるわけでもなく、ただそこにいた。

渉はおにぎりを食べながら、なんとなく聞いた。

「昼の仕事、大変ですか」

「まあまあかな。でもここの方が好きかも。お客さんと話せるから」

「俺は苦手です、人と話すの」

「嘘でしょ。カウンターでお客さんと楽しそうにしてるじゃない」

「仕事だから」

千春は少し笑った。

「そっか。じゃあ今は仕事じゃないから、苦手なままでいいよ」

その言葉が、渉には少し刺さった。

普通は「そんなことないよ」とか「もっと話せばいいじゃない」とか言う。でも千春は、苦手なままでいい、と言った。それが渉には、妙に居心地よかった。

それからだった。

閉店後、2人で片づけをする時間が少しずつ増えた。特に約束したわけでもなかったが、なんとなく一緒にいることが増えた。千春はよく話した。渉はあまり話さなかった。でも千春は、渉が黙っていても気にしなかった。

「沈黙が怖いのって、間が持たないって思われるんじゃないかって、自分のことばかり考えてるからだと思うんだよね」

ある夜、千春がそう言った。

「どういう意味ですか」

「沈黙って、相手のことを考えながらじっとしてる時間でもあるじゃない。だから悪くないと思うんだよね」

渉はその言葉を、しばらく頭の中で転がした。