5.そして好きなことをしようと決意した。

M市に戻ったら、老舗の菓子屋の友人が当面無料で貸すことを約束してくれた旧店舗で、塾を始めるつもりだったが、内装を始め一週間過ぎたところで友人が病気で倒れ、入院して、その話は簡単に反古となった。しかし、それまで嫌がっていた母が、空いている実家の一室で始めることを許可してくれた。

看板屋の友人に勧められるがままに大きめの看板を出し、チラシを撒いただけで、最初の一年で、十人になった。また中学の友人の紹介で、週に一回、学童の小中学生相手に、算数、数学の授業をすることになった。家賃を払う必要がなかったので、最初からあまり貯金を崩さず済んで、順調に滑り出し、三年で生徒数が二十人になった。

そんなある日、三十万で買った中古のフィットを車検に出して、借りた代車のカーオーディオが、カセットテープ専用だった。そこで先日、引っ越しの度に開けずにいた段ボールの中で見つけた、レヴィ=ストロースの講演テープを聴いてみることにした。私が結核で入院した時、大学の友人がNHKでのこのフランス人文化人類学者のインタヴューを録音して送ってくれたものだ。

昔、繰り返し聞いたもので、今では冒頭部分しか聞き取れなかったが、私は昔、フランス語をやっていた頃の情熱をまざまざと思い出し、もう少しで年金も貰えるし、生徒数はこのくらいでもういいだろう、とフランス語を再開する気になった。

それで、冒頭に書いたように、2018年、月に二回、公民館でフランス語サークルでの学習を始めることになる。当初は暢気にやるつもりだった。ところが一年間を過ぎると、何かスィッチが入ってしまった。

そしてフランス語に再びのめり込むにつれ、「何故、七年もフランス文学のような役に立たない学問を病気になるまでし続けたのか」という、塾での仕事上の挫折を味わうたびに、繰り返し私を悩ませてきた疑問が氷解した。好きなことだったのだ。

私は諦めやすい性格だと思っていたが、やはり好きなことだと諦めないものだと、2020年になり、公民館がコロナ流行のため使用禁止となり、年に4,5回しか教室が開かれなくなった時、改めて思った。

次回更新は9月28日(月)、11時の予定です。

 

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