【前回の記事を読む】セラピストのスマホを勝手に見ようとする女性客。咄嗟に「やめてください」と言ってしまい…結果、オプションはすべてキャンセル。報酬は半分以下に…
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大西浩子。43歳。紺色のジャケットを着て、化粧は控えめだったが、爪先まできちんと手入れが行き届いていた。髪は低い位置でひとつにまとめられていて、話す前から、隙のない人だと思った。
IT系の会社で管理職をしていると、浩子は淡々と自己紹介した。予約は2時間コース。備考欄には「香りは弱め」「自分の反応を見ながら進めてほしい」「施術はゆっくりと丁寧に」と、細かい指定がいくつも書かれていた。
「当店は初めてですか」と渉は聞いた。
浩子は小さく首を横に振った。
「こちらのお店は初めてです。でも、こういうお店自体は何度か利用したことがあります」
「あ、そうなんですね。失礼しました」
「いえ。初めての人みたいに扱われることが多いので」
浩子はそう言って、薄く笑った。けれど、その笑い方には温度がなかった。相手を安心させるためではなく、相手の出方を見るための笑顔だった。
「どんなことを求めていらっしゃいますか」
渉が尋ねると、浩子は少し考えてから言った。
「技術も大事ですけど、雑に扱われたくないです」
「雑に、ですか」
「はい。慣れていると思われると、こちらの気持ちを確認しないまま進められることがあるので。そういうのは嫌なんです」
「わかりました。苦手なことがあれば、その都度言ってください。すぐに止めます」