【前回の記事を読む】1月の夜、ベランダに締め出され…膝を抱えて震えていると、5歳の弟が開けてくれた。「ママには内緒だよ」と自分の毛布を掛けてくれて…

1.

高校3年のとき、転機が訪れた。

絵里子が、渉に向かってこう迫った。

「あなた、18になったら出ていってくれない。本当の子供でもないのに、家に置いておく理由はないから」

渉は怒りも悲しみも感じなかった。むしろ、ほっとした。

(やっと、出ていける理由ができた)

その日から渉は、こっそり求人情報を調べ始めた。ある求人広告で手を止めた。

「女性専用リラクゼーションサロン・セラピストスタッフ募集。未経験歓迎。月収30万以上可」

怪しいとは思った。でも当時の渉には、怪しさより切実さの方が勝っていた。屋根のある場所が、明日の食事が、何よりほしかった。

 

18歳の春、渉は家を出た。

絵里子に告げたのは、前日の夜だった。「明日、出ていきます」。絵里子は「そう」とだけ言った。引き止めなかった。

悠斗だけが「にいちゃん、どこ行くの」と言って、渉のズボンを掴んだ。渉はしゃがんで、悠斗の目を見た。

「ちょっと遠いところに行くけど、また会いに来るから」

「ほんとに?」

「ほんとに」

あの冬の夜、毛布をかけてくれた小さな手を、渉は一生忘れないと思った。悠斗だけが、この家で唯一、渉を「にいちゃん」と呼んだ人間だったから。

荷物はボストンバッグ2つと、段ボール1つ。それが渉の18年間のすべてだった。外に出た瞬間、春の風が顔に当たった。

(自由だ)

そう思った瞬間、目の奥が熱くなった。渉は立ち止まらずに歩き続けた。振り返らなかった。振り返ったら、何かが崩れてしまいそうだった。