奈津は貞義の話を聞いているうちに、自分との距離が段々と離れてゆくような気がした。
もう〈貞義さん〉と気安く呼ぶのは気が引けた。その間には芳がいた。
もう〈貞義さん〉ではなく、少し距離を置いた、親戚の従兄だった。
「芳さんは横浜に来ているの?」
奈津は伺うように尋ねた。
「結婚はしたけど、芳とはしばらくの間は離れ離れの生活だ。まもなく部隊は南方に展開することになっている。この次に日本に帰ってくれば、芳も横浜に呼び寄せるつもりだ」
貞義はポツリと言った。
「南方って! どこにゆくの? 八丈島か小笠原諸島なの、それとももっと南方なの?」
「軍事機密だけど……まあいいか、マーシャル諸島の方だ。先の大戦のあと、ドイツに代わって日本が信託統治(しんたくとうち)をしている所だ。だから日本語も少しは通じるし、安全な所だ。常夏の島の海岸沿いには椰子の林が並び、パパイヤやマンゴーなどの果物も豊富で熱帯魚も泳いでいる、楽園のような所らしい」
「いいな、私もぜひ行ってみたい。貞義さんも新婚旅行でお嫁さんの芳さんと行けばよかったのに」
奈津の好奇心は高ぶった。
「ホントだ。戦争にさえならなければぜひそうしたいところだ」
「えーえ。戦争になるの……」
奈津は恐る恐る聞き返した。
「戦争になるとは限らない。今は南方でも日本人が多くなり、現地で商売をしていると海賊も出没するし、珊瑚の密漁も多発しているようだ。多分、そんな取締まりが必要なんだろう。小さなサンゴ礁の小島ばかりだから飛行場なんか造れないからな。
それで、横浜の水上飛行艇の部隊が行くことになったのだろう。南洋のきれいな海の哨戒飛行が任務だ。小さな島々の点在する瀬戸内海の上を飛ぶようなもんさ。心配はないよ」
貞義は平静を保っていた。
しかし、それは自分に言い聞かせているようにも思えた。
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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