秋も深まり始めた十月のその日、従兄が突然奈津の事務所を訪ねてきたことを思い出した。聞くと、横浜の駅から帰隊する前に立寄ったとのことだった。
そのとき従兄は、二週間の長期休暇を取って四国に帰郷し、休暇の間に婚約者の芳と結婚式を挙げてきたと話した。慌ただしい式のあと、二人で金毘羅(こんぴら)さんにお参りをして、稲の刈り取りも終わり秋祭りの最中の讃岐平野を抜けて、阿波の大歩危(おおぼけ)・小歩危(こぼけ)や祖谷谷(いやだに)まで足を延ばしたとのことだった。
祖谷渓谷に架かったかずら橋は、歩くたびに揺れる吊り橋なので、芳が怖がり渡りきるのが大変だったと。
二人で温泉に入り、短いながら楽しい旅行ができたと従兄は楽しそうに話した。
「吉野川の渓流に沿った大歩危・小歩危の渓谷は、丁度紅葉が始まっていた。川沿いの渓流に剥き出しになった岩の上を、赤や黄色の紅葉が覆い、久しぶりに故郷の懐に抱かれたような気持ちになったな」
従兄は心のうちにしまった思い出を、穏やかに話した。