「貢に気づかれたのか?」

「いいえ」

貴和子は思い出すだけでおぞましいというように、

「貢はよく眠っていたわ、天使のように。それだけなら私の想像通りだった」

「じゃあ、何が変だったんだ? 何が問題だった?」

貴和子は泣き止み、次は何かに対する怒りを抑え込んでいるように見えた。

「貢は……一人じゃなかったの」

卓也は、え?と思った。何の想定もできなかったが、少なくとも自分が想像できることの遥か上の答えを聞いたような気がしたのだ。

「どういうことだ? 貢は誰といた?」

「リエちゃんよ」

貴和子はほとんど絶望したようにそう言った。

「リエちゃん? お手伝いのリエちゃんか?」

「ええ」

貴和子はそう言ったあと、唇を嚙みしめながら、

「しかもリエちゃんは、裸だった」

これにはさすがの卓也も平静ではいられなかった。貢は七歳の子供だ。その少年のベッドに、当時は十八歳くらいだっただろうか、この本庄家の家政婦として住み込んでいる山田リエが裸でいたとなると由々しき問題だ。

「君はどうしたんだ? 二人を問い詰めたのか?」

焦る卓也に、貴和子はこう言った。

「私が呆然とあの子の部屋の入口に立っているのに、最初に気づいたのはリエちゃんだった。もちろん慌てて、胸元をシーツで隠し、私に向かってすみません、すみませんと、何度も謝った」

「貢は起きなかったのか?」

「起きてきたわ。そして何事もなかったように、ニッコリ私に笑いかけた。天使の笑顔でね」

「で?」

「リエちゃんにはすぐに暇を出しました。あなたには確か、リエちゃんの故郷(くに)のお母さんの具合が急に悪くなったからということにしたんだったわね。あなたもそうかとおっしゃって、次のお手伝いを探さなきゃと言っただけだった」

覚えがある。どことなく田舎臭さの抜けきらなかった山田リエ……長野の実家に帰ると言って、次の家政婦が決まると同時にこの家を去ったことがあった。そこに、こんな事情が隠されていたとは。卓也は自分の両目が節穴であり、何も見えていなかったこと、いや見てこなかったことを突き付けられた。

さらに「リエちゃんをベッドに入れたのはお母さんのぬくもりが恋しかったからだ、リエちゃんは悪くない、僕がどうしてもと言ってベッドに来てもらった、リエちゃんの身体を触っていたら安心して、ようやく眠りにつくことができたんだ、リエちゃんを責めないで」貢が、泣きながら貴和子に訴えてきたという。完璧な演技で。

「その時私はどこかおかしいと思いながら、貢を信じようとしたわ。だって、つい前の日、施設で貢を見つけてきたばかりだったから。自分たちの目に狂いがあったなんて、少なくとも次の日に思いたくはなかった」

そして、その気持ちがずるずる十年続いてしまったということなのだろう。月日の流れは遅いようで、とてつもなく速い。貴和子になす術はなかったのだ。

この十年間というのは、卓也が本庄製薬の業務拡大に奔走してきた月日でもあった。自宅に戻るのはほとんど深夜。時には会社に泊まることもあるほど多忙を極め、家の中のことに目を配る時間も余裕もなかったと言える。

それに……と卓也は自らを擁護する。一緒の時間を十分に取れない妻に対して、貢の存在がその穴埋めをしてくれるはずだと、どこかで思ってもいた。念願の子育てを、妻が充実感を持ちながら楽しんでくれているはずだと思うことで、卓也は家庭を顧みない自分を正当化していた。

 

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