【前回記事を読む】「あの子はまるで天使」10年間そう信じた妻が、暗いリビングで泣いた夜「あの子といると私……」

第一部 午後六時

なぜもっと早く貴和子の異変に気づかなかったのか? ほんの少しの違和感を、自分はいつも晴れた空にかかる一片の雲さえ許さないように見て見ぬふりをしてきた。自分たちの見る空は常に真っ青な快晴でなければならないと思っていたのだ。そして、そのことが知らず知らず妻を追い詰めてきたのだと、卓也はようやく自らの過ちに思い至った。

遅れてきた分、神様は完璧な息子を私たちに与えてくださった。そしてその息子との理想的な家族……そんなはずはなかったのである。そんな絵空事がよくも十年続いたものだ。

思えば貢は、最初から何かが、おかしかった。美しく礼儀正しく、頭脳明晰で、身体能力もある。どんな質問にも完璧な答えを返してくる子供……それはモンスターだ。そうでないなら三百六十五日、二十四時間、決して自分の素顔を見せない、生まれついての完璧な演技者(アクター)。

ひとしきり泣いて落ち着きを取り戻した妻に、卓也がさらに聞いたところによると、貢にどこか普通の感覚が欠落しているのではと貴和子が最初に思ったのは、なんと貢を本庄家に迎えた翌日だったという。そのことに卓也は愕然とした。

実に十年間も妻がそのことを言い出せずにいたことに自責の念を覚えもした。審判の神が、自分の目の前に立ち上がったのを卓也は感じた。

「施設からうちに来た次の日、私は我が家の待望の長男になってくれた愛しい息子が、いったいどんな風にベッドで眠っているのか確かめたくて、あの子の寝室をそうっと覗きにいったの。起きている時に天使なら、眠っている時はさらに天使なんじゃないかと思って」