そして、春夫さんを始めとする土建屋時代の愉快な仲間にたまには会いに行こうかと思っていたが、この時、春夫さんに話をすれば早かったのに、敢えてそうしなかったように、以来、結果的には彼らとは完全に縁を切ることになってしまった。
そんな折、親友だった宮が、突然、自殺した。中学以来の友人で、高校、大学も一緒で、学生時代も近くに住んでいて、例の最大1500円で飲ませてくれた居酒屋で、何度二人で閉店まで飲んで、私の四畳半でまた飲み直し、文学の話を中心に限なく話したことだろうか。
尤も、彼が死ぬまで、得難い親友などと思ったことはなかった。しかし、以降、いつ何時出会っても、話題を考えることなく、何時間でも二人だけで話せる友人に出会うことなく、歳を取れば取るほど、もし「親友」というものがこの世にいるとするなら、あいつは本当の親友だった、と悲しい思いで確信するしかなかった。
叔父に言われた通り、T市まで行って名義変更は済ませた。しかし、やはり癪に触っていたのだろう、当時住んでいた浦安に戻ると、叔父だと知っている人なら分かる名前の間抜けな警部を登場させ、また小説の続きを書き始めた。
そして何とか400枚以上書き上げ応募したが、結果を待つ間、宮の不在を埋めるべく、また主人公がサンフランシスコへ行って詐欺師に騙される続編を書き始めた。だが、最初の小説が一次予選にもひっかからなかったのが分かると、簡単に心は折れ、これ以上、小説のあまりに複雑に絡み合ったプロットの整合性に頭を振り絞る気になれなくなった。
この頃から、長年、自分を苦しめることになる鬱気が出始めた。朝、いつまでも愚図愚図布団の中にいて、起きても昼まで食欲がわかず、午前中、新聞が読めず、テレビも見ることができなくなった。私は宮の死以降、三十歳を過ぎて自分の未来が見えないのに絶望しているのだと思っていた。
一時期、自分と同世代の若いカップルが小さな子供を連れて談笑しながら歩いているのを見て、心の底から羨ましいと思った事が、何度かあった。それで、一時期、結婚しようかと思ったこともあったが、とても午前中のあの憂鬱がある限り、誰かと暮らすなどできるわけがないとさすがに了解した。
次回更新は8月24日(月)、11時の予定です。
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