あるいはまたフレデリック・レイトン の『かせ巻』Winding the Skein(1878頃 100・3×161・3cm)(図11)のような作品を引き合いに出してみてもよい。

 

この絵では水平線は、レイトンの水平線が常にそうであるように、明瞭であり、画中の他の水平の線と呼応して画面に力強い装飾的な分割線を供給している。

ウォッツの場合はそうではない。水平線がかなりはっきりしている部類に入る『ナクソス島のアリアドネ』Ariadne on the Island of Naxos(1875 61×50・8cm)(図12)のような作品の場合でも、水平線を画す線はレイトン、ポインター、アルマ=タデマたちの、定規を当てて引いたかのような直線ではなく揺らぎを見せながらたよりなげである。

 

しかも海の色彩を帯びた晴れ間が空のそこここに見え隠れしており、海と空の明確な区別はことさら行われていない。両者は同化し、大きな広がりとなっている。色の異なる斜めの帯が中景を占めている。詳しく見てみよう。

 

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