懐中日記帳

老朽化した麹室を改修したときのことだった。天井裏から古い日記帳が出てきた。

「明治三十八年懐中日記帳」と書かれていて、信濃国松本町の亀井粂次郎(くめじろう)の名が記されている。

曽祖父の父親で、酒造業の基礎を築き上げた人物だ。果たして何が書いてあるのやらとめくってみれば、ほとんどが入出金の覚書きで、行動の記録ではない。

懐中とわざわざ銘打つだけあって、いかにも着物の懐(ふところ)にすっぽり入りそうな大きさだ。

天然繊維でできている和紙は何年たっても破れることなく、墨も黒々としている。

昔の人は物を大事にする習慣から、不要な帳簿類も焼却せずにばらして紙縒(こよ)りの材料にするか、畳の下の湿気取りなどに再利用した。

インターネットが普及した現代では、ブログやツイッターを日記代わりにする人もいる。しかし、それはあくまでも誰かが読むことを前提として書かれている。

読まれることを覚悟で書く日記には、赤裸々な告白は書けないし、多少の虚飾や都合のよい言い訳も盛り込まれがちだ。むしろ人に伝えたい情報を発信するための手段になっている。

そういえば昔は鍵のかかる日記帳があった。心の中を吐露した日記帳は、決して人の目には触れてほしくないもの。

あるいは特定の二人だけが読む交換日記なんてものもあった。

時代の流れとともに、日記帳も姿形を変えて、人の心の中を十人十色に描き出す。

(二〇一一・五)

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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