師走

今年もあと一か月。十二月を迎えるたびに、この一年をそっと振り返る。

もっとやることがあったはずだ、たいした足跡も残せずにここまできてしまった、と無念な思いや物足りなさにさいなまれる。

蔵の中では、原料米を洗い、浸漬(しんせき)し、蒸し上げる作業が連日繰り広げられる。洗った米の白さ、水を吸った神聖な香り、そして白く立ち上る蒸気。冬の風物詩が展開していく。

日本酒の消費量は昭和四十年代後半にピークを迎えた。その頃の蔵人らは、小谷(おたり)村から大勢やってきて、蔵内に寝泊りをして酒造りに精を出した。

晩秋に入場してまずは自分らが使用する炭を焼き、草鞋(わらじ)を編んだ。草鞋といっても、爪先半分しかないもので、蔵のなかでは踵をつけずに走って作業をしたという。

蔵人を受け入れる側は、それまでにお菜洗いをして、ひと冬分の漬物(野沢菜漬)を用意しておく。さらに全員の寝具を整えておく。

そんな裏方仕事は女の役割で、標準的には掛け布団二枚、敷布団一枚。十五人もくれば、布団は合計四十五枚にもなる。

現代の羽毛布団にくらべれば、綿の入った布団はとても重かった。

当時、布団の繕いをしていると、必ず猫がやってきて、目の前に陣取って邪魔をしたという。

今は、新聞を読んでいると、やっぱり猫がやってきて邪魔をする。

昔も今も猫の性格は変わらない。猫の手も借りたいほど活気のある師走は、暮れ落ちる日のように早々に過ぎていく。

(二〇一〇・十二)