【前回の記事を読む】母に犯罪を強要された…「レジで未会計の商品がある」と店員に伝えた僕を、肘でどつき「気づかない方が悪い」と叱りつけて……

第三章 三十八年ごろ

第一部 美容院の仕事

頭を結うには技術がいるが、着物を着せるには力がいる。帯をぎゅっとしめなければならないから。

祖母も年寄りだが、着付けの時に店で見ていると(時々店に出ることが許される)、足をお嫁さんのこしに当てて、ぎゅっと体重をかけてしめ上げる。昔の人の力は強いから、若いはずの母より、きちんとしめ上げることができると、母に聞いたことがある。

そういう支度は、結婚式の朝早くからうちの着付けの部屋で始まる。そうやってお嫁さんを作っておいて、その後はそのお嫁さんに付き合って、結婚式場や、えん会場、新居のご近所さんへのあいさつ回り、新郎のご両親へのあいさつ、そしてやっと新郎の家に入るところまで、付き合う。

と中でおけしょうがくずれたり、着物がゆるんだりすると、応急手当てをしないといけないから、母か祖母かどちらか担当する方が一日中付き合う。

お嫁さんのすそを片手で持ってあげて、もう一方の手には七つ道具のカバンをもつ。七つ道具のカバンには、歯の長い独特の形をした、高島田用のクシや、髪を結わえるコヨリ、髪の油などが入っている。ふたを開けると独特なにおいがする。

一日の仕事は大仕事で、だから、お嫁さんづくりの料金に加えて、えん会で親せき一同に出されたごちそうのお引き出物ももらって来る。

内容はいろいろだが、一番ごうかなのは三段の折づめで、それぞれ赤飯、料理、お菓子が入っている。どれも二十センチ四方ぐらい。赤飯の折は、目いっぱい赤飯がつまっている。ゴマ塩の入ったふくろが付いていて、これをかけると、冷めていてもおいしい。というより赤飯は冷めている方がおいしい。

料理の折には、メインとして鯛の塩焼きか、かしわ。やはりどちらも冷めていてもおいしい。あとはエビや卵焼き、コンブの煮たの、黒豆。豆はあまくておいしい。

コンブは母か祖母にあげる。かしわはたいてい、聡がたべてしまう。聡が好きだから聡にゆずる。鯛の時は、骨があるので、僕がゆっくり食べる。光はあまりもの。

たいていさかなのさい京焼き。お菓子はラクガンで、ちょっとあまみが足りないが、母や祖母みたいに年取った人にゆずる。

ときどきビニールの型にはめられたお砂糖が、お菓子の折の代わりになっていることがある。そのビニールは鯛の形をしていて、ピンクや緑の色がついている。お砂糖だから直接食べられないが、料理につかう。

このようにお嫁さんのお引き出物は、うちでは大のごちそうで、いったん食たくに上がると、食いあらされると言っていい。