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第三章 三十八年ごろ

第一部 美容院の仕事

昭和三十八年に前田ひろこさんと田中まりさんが、美容師の見習いにはるばる、ひろこちゃんは長崎、まりちゃんは鹿児島からやってきた。

ひろこちゃんの方が一日早く家に来たのに、まりちゃんは来た日の夜、部屋のすみでしくしく泣いていた。こんな遠くへ、一人で旅に来たのだから家がこいしいのだろう。

見習いのお姉ちゃんたちの部屋は、一階のおばあちゃんの部屋のとなり。二段ベッドでねている。

僕たちのねる部屋は二階のたたみの部屋で、兄弟三人分の布団を並べてねる。

だから二段ベッドはうらやましいくらいだが、母にお姉ちゃんたちのベッドで遊ぶことは厳しく禁止されている。

じょう談もいたずらも許されない。だから安城のモーテルにとまるときの二段ベッドは、楽しかった。

ふざけすぎて、光が二階から転落し、かたの関節を外したことがあった。

モーテルは安城の、国道一号線に面した田んぼの中にあって、広い田んぼや、小川や、竹やぶや、そういう遊ぶ場所がいっぱいあって、のびのびと遊べた。

ひろこちゃんやまりちゃんもいっしょに行った。泳げるような川がないのがふふくなのだけれど、モーテルをもうやめてしまったので安城に行けなくて残念。

安城の話もまたするつもり。美容院の仕事はいそがしく、母と祖母と見習いの人たちが仕事をしている時は、子どもも父も店へ入ってはいけないことになっている。

だからどうしても用がある時は、台所のドアから顔を出して、呼び出す。

それでも母はそれをいやがる。二階で暴れてドスンドスンと下にひびかせたりすると、飛んできて静かにさせられる。