振り向いた二つの不満顔。子供なら当然あるはずの、ダダはなかった。

「また来れるからな、由香」

むずからなかったのは、つまりそういうことだったのだ。

山盛りのスナック菓子にココアのもてなし、おまけに望遠鏡は使い放題だ。彼らにしたら夢の国そのものだ。しかも無料ときた。放っておいたら、コアなリピーターになること間違いなし。でも、わたしにはもう関係ない。お好きにどうぞ、って感じ。

「おじさん、またね」

アツシくんはぺこりとお辞儀。ユカちゃんも右に倣って頭を下げた。

「ありがとうございました。すっかりご馳走になりました」

「ああ、気をつけてな」

言葉少ない水口さんを残して、わたしたちは踵を返した。

「さ、行こう」

伸ばした手にユカちゃんが応えてくれた。ちょっと感動。

繋ぐのはこれで二度目になる幼女の小さな手は、すっかり冷えていた。少しの力で壊れてしまいそうに柔らかで、握り返す力も弱い。もう十年もすれば、この手もみんなと同じように悩んだり悔やんだりするんだろうな。

裏木戸まで来た。振り返ってみると、水口さんは、小屋を動かして望遠鏡を収納するところだった。

ゴロゴロと、重そうな音を立てて小振りな建屋がレール上を移動する。知識としての天文台とは、ずいぶん違う奇妙な光景だ。

レールの半分ほどを残して小屋が停止した。車輪が何かに引っかかったようだ。手間取る水口さんのもとへアツシくんが走っていく。ユカちゃんも続いたので、わたしも駆けつける。

「手伝うよ、おじさん」

可愛い助っ人の登場に老人の顔が綻んだ。

「そっと頼むよ」

みんなで力を合わせて押すと、小屋は動き出して望遠鏡をすっぽりと包み込んだ。観音扉を閉じて古風な閂(かんぬき)をかけると、水口さんは、「ちょっと待ってろ」と言い残して濡れ縁に向かった。

戻った彼の手には、菓子ではち切れそうなビニール袋があった。食べきれずに残ったものを集めたのだろう。

「持っていきなさい」

大きさの違う袋が二つ。もちろん子供たちにだ。

アツシくんの目が星のように輝いた。迷わず大きい方をユカちゃんに渡した。いいお兄ちゃんだ。

「あんたに会えたのも、何かの引き合わせかもしれん」

顔を上げた水口さんが穏やかに言う。

「ありがとさん」

何をしたわけでもない、聞き役に徹しただけなのに、お礼を言われて戸惑った。

「いえ、何も」していませんという言葉を飲み込む。ボールを打ち込んだのを思い出した。元はといえば、あれがすべての始まりだった。思わず苦笑いだ。

水口家を辞すと、アツシくん先導のもと、彼らのお宅に向かった。家が見たかったわけじゃない、帰路に何かあっては後生が悪いからだ。この街の夜七時は、幼子だけで歩くには暗すぎる。

彼らの住まいまでものの数分もかからなかった。着いたところは、ワンフロア四軒ほどの二階建てで、片側に外階段のついた築年数のかさんだアパートだった。

「ありがとう、おねえさん。ウチはあそこ、二階の角だよ」

一軒だけ明かりのついていない部屋を彼が指さす。母親は留守のようだ。土曜日は帰りが遅いというのは本当らしい。食事やお風呂などはどうしているのだろう。気にはなったけれど、それこそ大きなお世話だろう、と質問を変えた。

次回更新は8月21日(金)、11時の予定です。

 

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