【前回の記事を読む】父が他界して間もなく、母が認知症に…姿は昔のまま、言動はまるで別人に。目の前に母はいる。それなのに、私の知っている“母”ではない……
第1章 違和感
父の死
妻の父は七十一歳とは思えない体格と肌艶、白髪一本見当たらないほど活気があり、幸いにも当時もまだ会社員として働けていた。
平日は朝早く満員電車に揺られ夕刻に帰宅、土日は平日の疲れを癒やしながらのんびり過ごす。まさに働き盛りのサラリーマンと同じような日々を送っていた。
そんなある朝、通勤時に体調が悪くなって座り込んでしまい、病院に搬送されて検査をしたところ緊急入院が決まった。
精密検査の結果はすい臓がん。がんの中でも最も治すことが難しいものだ。
手術をしないと余命は三ヶ月、今のところがん転移は見当たらないため、早めの手術を医師から推奨された。
父はすぐに手術を決心し、十二時間もの大手術の末、目で見える範囲のがん細胞はすべて摘出し、手術は成功した。ただ、完治に向けては転移していなければの条件付きだった。
術後のリハビリが始まった矢先、転移が見つかり、ここからは早かった。
何度か手術をしたが治る見込みがないと判断された父は退院を余儀なくされ、ここで自宅療養か緩和ケアセンター入居かの選択を迫られた。
父は緩和ケアセンターへの入居を選択した。
母は気が動転してパニック状態であり、車椅子から立ち上がることもままならない父をサポートできる状態でないことと、娘夫婦に迷惑をかけたくないという父の思いからだった。
そして、緩和ケアセンター入居後まもなく父は他界した。
妻と私は悲しむ暇もなく死後の整理に追われた。平日は仕事があるため休日に妻の実家へ行き、死亡届、相続整理のための戸籍謄本の取り寄せ、父名義のカードや携帯電話などの契約関連の停止などを行う必要があった。
一方、母はただただ悲しみに暮れ、携帯電話に録音されていた父の音声を聞いては毎日泣いていた。
大半の手続きは妻と私で行ったが、役所関連の書類は平日に対応する必要があったため、仕事を休めない私たちには骨の折れることだった。
幸いにも妻の実家は役所まで徒歩十分程度だったため、役所の手続きは母に頼むことにした。