第1章 違和感

妻の家族

妻は一人っ子である。どちらかと言えば裕福な家庭の一人娘だ。

ハツラツとして人懐っこく、他人のことを思いやる優しい心を持っている。もちろん、両親のことも常に大切にしていた。

父親とも仲が良く、大学生の時には父親とディズニーランドに一緒に行き、妻が私と結婚するまでの毎朝の通勤時は、父親の勤務先と方向が分かれる路線まで満員電車に一緒に揺られてあげていた。

とはいえ、ファザコンのように父親にべったりというわけではない。寂しがり屋のオヤジがうるさくてしょうがないから付き合ってやる、といった調子だ。

父親も娘を溺愛しているというわけではなく、妻が社会人一年目で仕事に悩んでいることを相談されれば、

「会社がお前なんかに期待してることなんて何にもねぇよ。そんなに立派な人間か? お前は」

と父親の助言というより、人生の先輩として格言らしきものを与える。

もっと励ますようなこと言えよ!と親子喧嘩が始まりそうなものだが、妻は、なるほど自分は社会人一年目のくせにとんだ思い上がりをしていたようだと腑に落ち、翌日からすっきりした気持ちで働けたという。

妻の母親は口数が多いほうではなく、人の話をじっくり聞くタイプだ。

ここぞというタイミングで的確な相槌を打ってから話を展開し、皆をどっと笑わせる。

その笑い声は静かなレストラン中に響き渡るほどだった。品の良さが漂っていて常に口角が上がっており、優しい表情をよく浮かべていた。

そんな母とも妻が思春期の頃は喧嘩が絶えず、妻が学生の時に女子高生間で爆発的に流行したルーズソックス(長さが一メートルほどあるソックス)をだらしなく地面に擦らせながら家に帰ると、きれい好きな母は地面の汚れで黒ずんだルーズソックスに大絶叫。

娘を玄関から上げず、汚れたソックスは外で手洗いさせ、びしょびしょのルーズソックスを自分の部屋で干すよう、カンカンに怒りながら命じる。

きれい好きな母は、娘が一応手洗いしたルーズソックスでも洗濯機に入れたくないのだ。

母の発狂ぶりを横目に、びしょびしょのルーズソックスを自分の部屋の窓から垂らす。そして目についた分厚くて重い広辞苑をルーズソックスの一端に重しとしてどんと置く。

ルーズソックスが乾く頃には広辞苑の表紙と数ページがぐちゃぐちゃにくっついてしまい、母との喧嘩が再開される。

こんな騒がしくも仲の良い幸せな家庭の一人娘と私は結婚した。

私の勤務先と妻の実家は車で小一時間ほどの近さであったため、妻の両親とはよく会食をしていた。

妻の父はお酒の趣味があう男同士の会話を楽しみにしてくれていた。

そしていつも、「こいつはね、いいやつなんです、娘のことを第一に頼みます」と嬉しそうに話していた。

 

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