はじめに

父が他界して間もなく、母が認知症になった。容姿はそのままだが、言動は別人のように変わり、優しかった頃の輪郭も温もりも幻影となって、消えていった─。

この本は、仲睦まじかった母子が認知症により切り裂かれ、母を介護する身内の心の奥に閉ざされる苦悩と罪の意識を、『義理の親が認知症になった側』から可能な限り客観的かつ赤裸々に綴ったエッセイです。

第1章から第5章までは、認知症によって親子関係がどのように失われていくのか、介護する側の精神的な悩みはどのようなものなのかを時系列に沿って書いています。

第6章では、認知症の親を介護ホームに入居させた後の金銭的な悩みと、認知症の介護を通して私が感じた社会課題や高齢者のあるべき姿について考えていることをまとめました。

そして、おわりにでは、認知症の親に対して共に向き合うパートナーへの寄り添い方について書いています。

この本を手に取られる方と認知症との距離感は様々だと思います。

今まさにご家族の認知症に悩まれている方には辛い孤独感への寄り添いを、近い将来に不安を感じている方には共に介護をするであろうパートナーとの心構えを、まだまだ先の話である方には小説を読むような感覚で認知症の実態を、お伝えできたらと思っています。

この本が、認知症と向き合わざるを得ない時や難しい判断に迫られた時に本棚の奥から取り出し、ご家族が認知症とどう向き合うべきなのかを考える一助となれば幸いです。

なお、本作で登場する母は妻の母であり、私にとっては「義母」にあたります。

本来は、作中でも「義母」と表したほうが誤解を招かずに済むのですが、今回のお話は義も実もなく、純粋に「母親」との関係性について書いたものですので、「母」と記しました。