アルコールの熱が体の奥へと広がる。しかし、それでもこの沈んだ気持ちは消えない。何を飲んでいるかもわからないが、もう一杯と呟き、マスターにコップを差し出し再び同じ酒をついでもらった。グラスの中の琥珀色の液体をゆっくりと揺らしながらぽつりと口を開いた。

「工場をやってるんですよ……もう三十年ぐらいかな」

マスターは黙って相槌を打ちながら、グラスを磨いている。

「娘がいるんです。もう高校卒業して、就職もして、免許もとれて……」

自分の口から出る言葉が、まるで誰か他人のもののように感じられた。アルコールが回るほどに、現実感が薄れていく。

その時、バーの入り口のベルが鳴った。吉田が振り向くと、スーツ姿の二人組の男が店内に入り、吉田の席から一つ空けたカウンター席に座った。二人組は席につくなり、慣れた様子で酒を注文した。

「いつものやつ、頼むよ」

マスターは軽く頷きながら、手際よくグラスを準備する。

「マスター、近くで事件があったの知ってる?」

グラスを磨くマスターの手が一瞬止まる。

「……ええ。ひどい話ですね」

マスターの声には、はっきりとした嫌悪の色が滲んでいた。

「こんなことが起きるなんてな。信じられないよ」

「本当に。早く犯人が捕まればいいんだけど」

二人組は、ため息混じりに事件の話を続ける。吉田は耳をふさぎたかったが、それはできない。ここを出たい。そう思ったが、今会計をして立ち上がるのは不自然かもしれない。

そんな考えが頭をよぎり、体がこわばる。やがて、二人の話題が変わった。事件の話は終わり、仕事の話へと移っていく。

「ところで、例の機械の件だけど……」

「そうそう、あの部品の精度が問題でさ」

聞き覚えのある単語が、ちらほらと耳に入ってくる。産業機械の話をしているようだった。吉田は「部品の精度が悪い」という言葉に引っ掛かりを覚えた。まるで自分に向けられた言葉のように感じ、自然と耳を傾けてしまう。

「最近の発注品もダメだったのか?」

「そうなんだよ。やっぱり細かい精度が出てないんだよな」

 

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