【前回の記事を読む】毎晩2合の晩酌をする父の習慣が、あの事件以降途絶えた。理由は「家族への申し訳なさから」と思っていたが、実際は…

第一章 鯛のしゃくり釣り

お沙汰が降った後は飲んで良かったのだが、出ないから飲まなかった。それだけの事だった。

「あー、五月も飲むか」

そういえば、五月と飲んだ事はなかった。

「はい、いただきます」

五月は酒が嫌いではない。嫌なのは、父や父の客と飲む事だった。だけど、今の父となら飲んでも良い。

二合を飲み、さらに三合を追加した。百合も盃に二杯ほどを付き合った。

初めて目にする娘の酒は、話上戸の笑い上戸だった。一合ほどで頬を上気させて、旅の中でのあれこれを話してはころころと笑う。二合に近づく頃には、石動の「うむ」だけで笑い出した。

「うむ」

その晩からは、三人で三合の晩酌が習慣となった。

「籠を洗ってまいる」

手提籠を持って井戸に向かった。

幅一尺(三十センチ)、長さが二尺ほどで深さが一尺ほど。細竹を編み込んだ籠で蓋もついている。幅一寸(三センチ)ほどの竹板の持ち手はコの字になっていて、腕を入れて肩に担ぐ事ができる。

江戸の魚河岸や野菜場(やっちゃば)では普通に見かける物だが、この地ではこれが第一号だった。

秀次が、竹籠や笊(ざる)を作っている職人に細々と注文をつけて作ってもらった物だ。長年を大事に使い込まれて、今は鼈甲(べっこう)色となって風格を見せている。