記憶

当時の担任の先生にわたしは嫌われていたのだと思います。理由はわたしの失言。謝罪し、反省をしましたがそのことがきっかけで、それから毎日怒鳴られて、正座をさせられていました。怖くて仕方がなかったのを覚えています。クラス全員に対してひとり土下座をすることもありました。

先生からはさみを投げつけられたこともあります。クラスの子たちも私を避けるようになりました。私のまわりから人が離れていきました。毎日空気のような自分。

体育の時間に球技をしていたのですが、その際に指を負傷してしまいました。痛すぎてうずくまっていた私に先生は怒鳴り、「痛がっているふりなんかするんじゃない。誰もお前の心配なんかしない。さっさとどけ」と言ってきたのは今でも鮮明に覚えています。

たったひとりだけ、先生に言い返してくれた子がいました。それだけでもとても救われる思いでした。

その後、保健室に行き、親が病院へ連れて行ってくれました。指の靭帯を断裂していました。そのため、大好きなピアノや書道ができなくなってしまいました。しばらくギプス生活。先生からは「大袈裟なんだよ。たいしたことないくせに」と言われました。いつも先生はわたしのことを噓つきと言ってなじりました。

修学旅行シーズンになり、当時のわたしはなにも楽しみではありませんでした。かろうじて、お泊まり班などに入れてもらえましたが、実質ひとりぼっちなのは変わりませんでした。

事前学習で女の子の生理について、集められたときに、わたしがなんとなく隣に座っていた子に話しかけたら「汚らわしいから、話しかけないで」と言われました。理由がわからないまま、そのときから自分は汚いのだと思うようになりました。そして、人に話しかけることが怖くなりました。

相変わらず、ギプス生活でしたので、いろいろ困っていたのですが、まわりに助けは求められずにいました。わたしはまったくしゃべらない子になり、毎日無感情でいました。

食事も喉を通らなくなって、修学旅行でもご飯の時間は大変な苦痛でした。そして、食べられずに残してしまうのですが、みんなが食べ終わって部屋へ戻っていく中、わたしはひとりご飯を食べられないことを先生に伝えました。先生は「食べろ」と言い無理やり食べさせてきました。

当然、身体が拒絶しますので、わたしはいそいでトイレに走りました。間に合わず、トイレの床にはいてしまいました。先生は追いかけてきて、こう言ったのです。

「食べろ」

そこからわたしは記憶がありません。修学旅行から帰ってくると、汚物扱いされてひたすら息をひそめて過ごしました。

 

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